コンプリート・シャーロック・ホームズ
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このようにマクマードの手に委ねられた突然の任務について、彼はじっくりと長い間考えを巡らせた。チェスター・ウィルコックが住んでいた人里離れた家は、約5マイル離れた隣の谷にあった。その夜のうちに、彼は一人でこの襲撃の準備に出掛けた。彼が偵察から戻ったのは日が高くなってからだった。次の日、彼はマンダーズとレイリー、二人の部下と話し合った。向こう見ずな若者達は、まるで鹿狩りに出かけるように上機嫌だった。

二日後の夜、彼らは町の外で待ち合わせた。全員武装し、一人が石切り場で使われる火薬が詰まった袋を運んだ。彼らが寂しい家にたどり着く前に二時になっていた。その夜は風が強く、ちぎれ雲が勢いよく流され、凸月の前を通り過ぎていた。彼らはブラッドハウンドに注意をするように言われていたので撃鉄を起こした銃を手に慎重に進んだ。しかし風のうなる音以外には何の音もしなかった。そして頭の上で揺れる枝以外には動くものはなかった。

マクマードは孤立した家の扉に耳を澄ませた。しかし中は静まり返っていた。それから彼は火薬の袋を扉に立てかけ、ナイフで穴をあけ、信管をつけた。それに十分火が入った時、彼と二人の仲間は急いで逃げ出し、かなり離れた場所にある、安全で快適な溝の防護の中に入った。その後、爆発の強烈なとどろきが起き、建物が崩れ落ちる低く深い轟音が響き渡って、彼らの仕事が終わった事が分かった。この組織の血に汚れた歴史の中で、これ以上に見事な仕事はかつて遂行されたことがなかった。

しかし何としたことだ。これほど見事に計画され、大胆に実行された仕事が、全て無駄に終るとは!多くの犠牲者の運命に恐れをなし、自分の命が狙われていると知って、チェスター・ウィルコックはちょうど前日に、安全な、知られていない住居へと、自分と家族を連れて引越ししていた。そこは警察の護衛が監視しているに違いなかった。火薬で爆破されたのは空家だった。そして険しい顔をした南北戦争の元軍旗護衛下士官は、相変わらずアイアン・ダイクの炭鉱夫達に規律を教えていた。

「奴は俺に任せてくれ」マクマードは言った。「奴は俺がやる。もし一年待たなければならないとしてもきっと彼をやってみせる」

満場一致で感謝と了承の決議がなされた。それからしばらくしてこの件は片付いた。数週間後、幾つかの新聞にウィルコックが待ち伏せにあって撃たれたという記事が載った。マクマードがやり損なった仕事を追っていたのを知らない者はいなかった。

これが自由民の組織のやり方だった。そしてこれが、広大で豊かな地区全体に、彼らの恐怖の規律を広げた、スカウラーズのやり口だった。その地はこの恐ろしい団体に非常に長い間悩まされた。なぜこのページを、これ以上の犯罪で汚さねばならないだろうか?私は、ここまでの部分で、この連中と、そのやり方を十分に示せなかっただろうか?

そういう犯罪行為は、詳細な記録として残されている。それを読めば、組織の二人の団員を敢えて逮捕しようとしていたハントとエバンズ警官の銃撃事件を知ることができるだろう。二つの襲撃計画はバーミッサ支部で企てられ、無防備で非武装の男達二人に対して冷血にも実行された。またこのような事件も読むことができるだろう。マギンティ支部長の命令で死ぬ寸前まで殴られていた夫を看病していたラーベイ夫人の銃撃事件、兄の殺害の直後に起きた老ジェンキンスの殺害事件、ジェイムズ・マードックのバラバラ殺人、スタファス家の爆破事件、ステンダルズの殺害事件、 ―― 全部、恐るべき一冬の間に次から次へと起こった事件だ。

恐怖の谷を大いなる影が暗く覆っていた。小川の流れと木々の開花は春の訪れを告げていた。長い間、鉄の爪に押さえつけられていた自然のあらゆる場所に希望が戻って来た。しかし恐怖のくびきの下に生きている人々には、どこを見回しても何の希望もなかった。1875年の初夏ほど、彼らにかぶさる雲が暗く絶望的だった時はなかったのである。

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