コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「わしもフィラデルフィアで参加した時は同じだった。共済会と仲間同志の会合場所だと思っていた。その後わしはここの場所のことを聞いた、 ―― その名前を最初に聞いた耳よ呪われろ!そしてわしは、より良い人生を送ろうとして、ここにやって来た。なんと!より良い人生のためにだ!妻と三人の子供も一緒に連れて来た。わしはマーケット・スクエアで服地屋を始めた。かなり儲かった。わしが自由民団員だという噂が立ち、昨夜のお前のように、無理やり地元の支部に参加させられた。わしは腕に恥ずかしい烙印を押されたが、心にはもっと悪い烙印を押された。気が付くとわしは悪党達の命令に従い、犯罪の網の目に捕らわれていた。わしに何ができたというのか?昨夜のように、わしが良かれと思うことを言うたびに裏切りととられる。わしは逃げることは出来ない。わしには、この世界に、自分の店以外なにもない。もしわしが民団を抜けたら、殺される事は十分に承知している。そしてわしの妻と子供達がどうなるか。ああ、なんと恐ろしい、 ―― 恐ろしい!」彼は両手で顔を覆い、ひきつけを起こしたようなすすり泣きに体を揺らした。

マクマードは肩をすぼめた。「あんたはこの仕事にはヤワ過ぎたんだ」彼は言った。「こんな仕事には向いてないんだよ」

「わしには良心と信仰がある。しかし奴らはわしを犯罪者の中に引き入れた。わしは仕事を割り振られた。わしは断れば、自分がどうなるかよく分かっていた。わしは意気地なしかもしれん。妻と子供のことを考えてそうなったのかもしれん。ともかくわしは行った。永遠に忘れることはできんだろう」

「あの方角の、ここから20マイル離れたところにある寂しい家だった。わしは昨夜のお前と同じように戸口に立っているように言われた。彼らはそういう仕事ではわしを信用できなかったんだ。他の奴らが押し入った。出てきた時、奴らの手は手首のところまで真っ赤だった。逃げる時、一人の子供が泣き叫びながら、わしたちを追って家から出てきた。それは父が殺される場面を目撃した五歳の子供だった。わしは恐ろしさのあまり気が遠くなった。それなのにわしは豪胆な顔をして笑顔でいなければならなかった。もしそうしなかったら、今度はわしの家から奴らが血まみれの手で出て来て、可愛いフレッドが、わしのために泣き叫ぶことになるだろうということが、よく分かっていたからだ」

「しかし、わしはそうしたことによって犯罪者となった。殺人の片棒を担いで、この世で道を踏み外し、そして次の世でも救いから外れた。わしは敬虔なカトリックだ。しかし司祭も、スカウラーの一員と聞けば、わしにかける言葉はないだろう。だからわしは破門されたも同然の身だ。これがわしが陥った立場だ。今、お前も同じ道を歩もうとしていると分かった。だからわしはお前に最終的にどうするつもりかを尋ねたい。おまえは冷血な殺人者になる覚悟ができているのか、それとも何とかして踏みとどまらせることができるのか?」

「あんたはどうしようと思っていたんだ?」マクマードはぶっきらぼうに言った。「密告はする気はなかったのか?」

「とんでもない!」モリスは叫んだ。「考えただけで命が無いだろう」

「それでいい」マクマードは言った。「俺の考えでは、あんたは弱い人間だ。事件を大げさに捉えすぎていると思う」

「大げさ!もう少しここに住んでから言ってくれ。この谷を見下ろしてみろ!沢山の煙突から出る雲がここを陰らせているのを!お前に言っておく。殺人の雲は、人々の頭の上に垂れ込めているこの雲よりもっと濃く低いのだ。ここは恐怖の谷だ。死の谷だ。人々の心には朝から晩まで恐怖がある。早まるな、若いの。よく考えろ」

「まあ、俺がもっと色々確認してから、何と思ったか教えるよ」マクマードはぞんさいに言った。「非常にはっきりしているのは、あんたにここは向いてないということだ。だからなるべく早く店を売り払え、 ―― もし商売の値打ちが1ドルのところを10セントにしかならなくても ―― 、その方があんたにとっていい。あんたが言った事は誰にも言わん。しかし、いいか、もしお前が密告するつもりなら・・・・・」

「するものか!」モリスは悲しそうに叫んだ。

「まあ、そういうことにしておこう。あんたが言った事は覚えておこう。いつかそれを思い出す日もあるかもしれない。俺にこんな話をするのは親切心からみたいだしな。じゃ俺は家に帰るぞ」

「帰る前にもう一つ」モリスは言った。「一緒のところを見られたかもしれない。わしらが何を話したか知りたがるかもしれん」

「ああ!それは考えておいたほうがいいな」

「わしがお前に店の事務員にならないかと誘った」

「で、俺はそれを断った。それが用件だ。よし、あばよ、モリス同志。これからもっと上手く行くように祈ってるよ」