コンプリート・シャーロック・ホームズ
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綺麗に髭を剃り、穏やかな顔で眉のあたりが善良そうな老人が、議長の向かいにあるテーブルの端の席から立ち上がった。「会計担当者」彼は尋ねた。「我々がこの地区から追い出したその男の所有地を買ったのは誰かな?」

「モリス同志。買ったのはステイト&マートン地方鉄道会社だ」

「去年同じような経緯で売りに出されていたトッドマン・アンド・リーの鉱山を買ったのは誰かな?」

「同じ会社だ、モリス同士」

「マンソン・アンド・シューマンの鉄工所を買ったのは誰かな?そしてアットウッドのヴァン・デーハーのところは?どちらも最近手放された会社だが」

「それは全部ウェスト・ギルマートン炭鉱会社が買った」

「分からんな、モリス同志」議長が言った。「誰が買おうと我々に何の関係があるんだ。この地区から運び出せるわけではないだろう?」

「お言葉ですが、偉大なる支部長、これは我々に大いに関係があると思えます。こういう過程がこれまで10年の長きにわたって続いています。我々は徐々に小規模業者を駆逐していっています。そうするとどんな結果となるか?彼らの土地はニューヨークやフィラデルフィアに本部がある鉄道会社や製鉄会社のような大企業に買われています。こういう会社は我々の脅しにびくともしません。我々は現場の責任者を駆逐することはできますが、代わりの者がやってくるだけのことです。そして我々は自分で事態を危険にしています。小規模業者は我々に歯向かえません。彼らには金も力もない。我々が彼らから完全にすべてを搾り取らない限り、彼らは我々の支配の下に残るでしょう。しかしもしこれらの大会社が、利益をあげるのに我々が邪魔だと思えば、彼らは我々を追い詰めて法廷に引きずり出す面倒も費用もいとわないでしょう」

この不吉な話に一同はシンとなった。不安そうに顔を見合っている間に全員の顔が暗くなった。彼らは絶大な権力を持ち、逆らうものがなかったので、この地で懲罰を受ける可能性があるという考えは、彼らの心から消え失せていた。しかしこの話は、一番無謀な男の心をも震え上がらせた。

「私の提案は」彼は続けた。「小規模業者に手心を加える事だ。彼らが全員逃げ出した時、この組織の力が打ち負かされる」

都合の悪い真実は評判が良くないものだ。モリスが席につくと怒号が起きた。マギンティは眉を曇らせて立ち上がった。

「モリス同志」彼は言った。「お前は何時でも不吉なことを言う。この支部の人間が力を合わせている限り、俺達に手出しをできる力を持ったものはアメリカにない。そうだ。法廷で十分にそれを証明したではないか?大手企業も小規模会社と同様、我々に歯向かうより金を払うのが簡単だという事が分かると思う。さあ、同志」マギンティは話しながら黒いベルベットの帽子とストールをとった。「この支部での今夜の議題は、小さな件をのぞいて終わった。その件については、お開きになる前に話すつもりだ。そろそろ、友愛の酒と歌の頃合いだ」

人間の本性は実に奇妙なものだ。ここにいる男達は、人殺しには慣れており、何度も何度も一家の父を撃ち殺していた。その内の何人かは、個人的には何の恨みもない人間だったが、涙を流す妻や寄る辺を失った子供達に対して、一片の良心の呵責や同情を感じる事もなかった。それなのに歌の中の愛情や感傷は、彼らに涙を流させるほどの感動を与えることができた。マクマードの声は素晴らしいテノールだった。もしここまでで、彼が支部の人気を得るのに失敗していたとしても、彼が「メリー、踏み越し段にずっと座ってる」と「アラン川の岸辺」の歌で一座を興奮させた後まで、評判を押さえておくことは出来なかっただろう。

まさに最初の夜、この新入団員は、同志の中で一番人気のある人間となり、早くも昇進と高い地位が予想された。しかし、立派な団員と見なされるには、社交性の良さ以外に別の資質も必要だった。彼は、この夜のうちにその実例を見ることになった。ウィスキーのビンが何回となく回されるうち、男達の顔は赤くなり、悪事を働く機運が高まった。その時、支部長がもう一度立ち上がり演説した。