コンプリート・シャーロック・ホームズ
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汚い鳥の叫びで、眠っていた二人は目を覚ました。二人は彼らを当惑して見つめた。男はよろよろと立ち上がり、平原を見下ろした。そこは彼が睡魔に襲われた時には荒涼としていたが、今や物凄い数の人や動物の群れが横断していた。それを見て彼の顔に信じられないという表情が浮かんだ。そして彼は骨ばった手で目を擦った。「多分、これが幻覚というやつか」彼はつぶやいた。子供は彼の側にたち、コートの裾にしがみついた。何も言わなかったが、子供っぽい不思議そうな、問いただすような視線であたりを見回した。

救助隊は、二人の放浪者に、すぐにこの出現は幻覚ではないと分からせることが出来た。彼らの一人が、少女を捕まえて肩の上に乗せた。他の二人が痩せ衰えた同行者を支え、幌馬車の方に行くのを手助けした。

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「私の名はジョン・フェリアーだ」放浪者は説明した。「私とあの子供が21人の生き残りだ。他は全員、もっと南の方で、飢えと乾きで死んだ」

「あれはお前の子供か?」誰かが尋ねた。

「もう、そう呼んでいい」男が挑戦的に叫んだ。「あの子は私が助けた、私の子だ。誰も私から引き離す事は出来ない。あの子は今日からルーシー・フェリアーだ。しかし、あなた方は誰です?」彼は日に焼けた屈強な男達を興味深げに見回して続けた。「物凄い数のようですが」

「ほぼ一万人はいる」青年の一人が言った。「我々は天使モローニが選びたもうた迫害された神の子だ」

「その名前は聞いたことがありませんが」放浪者が言った。「しかしえらく沢山選んだみたいですな」

「神聖なものを茶化してはいけません」別の一人が厳粛に言った。「我々は、金箔の板にエジプト文字で書かれ、パルミラの聖なるジョセフ・スミスに手渡された聖典を信じるものです。我々はイリノイ州の、ノーブーから来ました、我々はそこに教会を築いていました。我々は暴力的な男や不信心な者から、逃げ場を求めてきました。それが砂漠の中心であろうともかまいません」

ノーブーの名前で、ジョン・フェリアーの記憶が呼び覚まされたようだった。「分かりました」彼は言った。「あなた方はモルモン教徒ですね」

「我々はモルモン教徒だ」彼の同行者はいっせいに答えた。

「それでどちらに行こうとしているのですか?」

「それは知らない。神の手が、預言者の元で我々を導いている。あなたは預言者の前に行かなければならない。あなたをどうするか、預言者が判断なさるでしょう」

彼らはこの時までに丘の麓に到着し、移住者の群れに取り囲まれた、・・・・顔色の悪い、おとなしい風貌の女、頑丈な、楽しそうな子供、不安そうな、熱心な目の男。彼らは放浪者の一人の若さと、もう一人の衰えを見て、多くが驚き、同情の叫びを上げた。しかし、同行者は立ち止まらず、それを押しのけ、後ろから大勢のモルモン教徒を引き連れて、一つの荷馬車にやってきた。それは大きさ、派手な見栄え、小奇麗さでひときわ目立っていた。六頭の馬がその馬車を引いていた。他の馬車は、一台あたり二頭か、せいぜい四頭だった。御者の隣に、三十歳にはなっていないであろう男が座っていた。しかし彼の量感ある頭部と意志の固そうな表情は彼がリーダーである事を示していた。彼は茶色い背表紙の本を読んでいた。しかし群集が近づくと、彼はそれを脇に置き、注意深く状況説明に耳を傾けた。それから彼は二人の放浪者の方に向き直った。

「我々がお前たちを一緒に連れて行くのは」彼は厳粛な言葉で語った。「我々の教義を信じる場合のみだ。我々の中に狼は入れない。お前が小さな腐敗になると分かるなら、お前達の骨をこの荒野に晒したほうがずっとましだ。小さな腐敗はやがて果物全体を腐敗される。この条件で一緒に来るか?」

「どんな条件でも一緒に行きます」フェリアーは言った。大げさな言い方に、厳しい長老たちも笑顔を見せた。リーダーだけは、厳しい印象的な表情を崩さなかった。

「連れて行け、スタンガーソン兄弟」彼は言った。「食べ物と飲み水を与えてやれ。子供も同じように。彼に我らの神聖な教義を教えるのも、お前の仕事とせよ。すでに大分遅れた。前進だ。シオンに向かって!」

「シオンに向かって!」モルモン教の群集は叫んだ。その言葉は長い隊列をさざなみのように進み、口から口に伝えられ、遠い彼方で鈍いつぶやきとなり、消えて行った。鞭を打つ音と車輪のきしみで、大きな幌馬車が動き出し、すぐに隊列全体がもう一度くねくねと進み出した。二人の世話を任された老人は、彼らを自分の幌馬車に連れて行った。そこでは既に食事が用意されていた。

「ここにいなさい」彼は言った。「数日もたてば、疲れから回復するでしょう。その間に、これからずっとあなたは我々と同じ信仰を持つと言うことを忘れないように。ブリガム・ヤングがそう語り、彼はジョセフ・スミスの声で語った。それは神の声だ」

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