コンプリート・シャーロック・ホームズ
ホーム長編緋色の研究四つの署名バスカヴィル家の犬恐怖の谷短編シャーロック・ホームズの冒険シャーロック・ホームズの回想シャーロック・ホームズの帰還最後の挨拶 シャーロック・ホームズの事件簿

「『もちろんその通りです。しかし、的外れな質問でない事は、すぐにお分かりいただけるはずです。あなたに依頼したい仕事があるのですが、完全に秘密にしていただく事が極めて重要なのです。ご理解いただけるでしょうが、親しい家族と住んでいる人間よりも、一人暮らしの男性の方が秘密を守りやすいと思うのです』」

「『もし、秘密を守る約束をすれば』私は言いました。『その約束を100%信用していただいて構いません』」

「こう話している間、大佐は非常に鋭く私を睨みつけました。あれほど疑わしく訝るような目つきは、それまで見た事がありませんでした」

「『では、お約束いただけるのですな?』遂に大佐は言いました」

「『ええ、お約束します』」

illustration

「『仕事の前も、仕事中も、その後も、絶対に表沙汰にしてはなりませんぞ?この件について全く言及しないこと。しゃべっても書いてもいけませんぞ?』」

「『すでにそうお約束しているでしょう』」

「『よろしい』大佐は突然パッと立ち上がると、素早く扉まで走り、さっと開けました。外の通路には誰もいませんでした」

「『よし、大丈夫だ』大佐は戻って来る時、こう言いました。『事務員は往々にして主人の出来事に興味があるものだということは承知しておりますのでな。これで安心して話ができます 』大佐は自分の椅子を私の椅子に接近させ、再び、先ほどのように疑わしそうな、何を考えているか分からないような目つきで私をじろじろ見ました」

「このガリガリの男の妙な行動で、私は不愉快になり、同時に恐怖に近い気持ちが起きました。顧客を失いたくないという気持ちは強かったのですが、それでもイライラした態度が表に出てくるのを止めることが出来ませんでした」

「『仕事のお話をしていただけますか』私は言いました。『私の時間は貴重ですので』最後の言葉はまずかったかもしれませんが、つい口から出てしまいました」

「『一晩の仕事で50ギニーではいかがかな?』大佐は尋ねた」

「『申し分ないです』」

「『私は一晩と言いましたが、一時間と言う方が正確でしょう。調子が悪くなった水圧の圧縮装置について、単に意見を伺いたいだけです。調子の悪い原因を指摘さえしていただければ、修理は自分たちでやります。こういう依頼についてどう思いますかな?』」

「『仕事は簡単ですし、報酬は非常に割りのいい額のようですね』」

「『まさにその通り。今夜の最終列車で来て頂きたい』」

「『どこへ?』」

「『バークシャーのアイフォード*です。オックスフォードシャーの州境の小さな場所で、レディングから七マイル以内にあります。パディントン駅発の列車があります。それに乗ると11時15分頃には着けるでしょう』」

「『結構です』」

「『馬車で迎えに行きますので』」

「『では馬車で移動するのですか?』」

「『そうです。我々の小さな土地はかなりの郊外にあります。アイフォード駅からたっぷり七マイルはあります』」

「『それだと十二時前に着くのは難しいですね。列車で戻ることは無理だと思います。その晩は泊まらないといけなくなります』」

「『ええ、仮眠ベッドなら簡単にご用意できますよ』」

「『それはかなり面倒ですね。もっと都合のいい時刻にお邪魔する事はできませんか?』」

「『夜遅くに来ていただくのが一番だと我々は判断したのです。若くて無名のあなた対して、この業種の超一流の専門家から意見を伺えるほどの金額を支払おうというのも、こういう不便をすべて償うためです。もちろん、それでもこの仕事から手を引きたいというのでしたら、いくらでも考え直していただいて結構です』」

「私は50ギニーの報酬を考えてみました。それだけあれば、どれだけ助かるか。『いいえ』私は言いました。『喜んでご要望通りに致しましょう。それはともかく、どういう依頼内容か、もう少しはっきりとお話いただけませんか』」