コンプリート・シャーロック・ホームズ
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予想通り、シャーロックホームズはガウンを着て、タイムズの尋ね人欄を読み、朝食前のパイプをふかしながら居間をウロウロしていた。そのパイプの煙草は、前日に吸った煙草の残りをすべてマントルピースの隅で丁寧に集めて乾燥させたものだった。ホームズは極めて親しみやすい雰囲気で我々を招き入れた。ベーコンエッグを新たに注文し、栄養豊かな朝食を一緒に摂った。それが片付いた後、ホームズは私の患者をソファに座らせ、頭の後ろに枕を置き、ブランデーの水割りが入ったコップを手の届く所に置いた。

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「あなたが大変な経験をなさったのは一目瞭然です、ハザリーさん」ホームズは言った。「どうぞそこに横になったまま完全にくつろいでください。話が出来るようでしたらお話下さい。しかし、お疲れになったり、一杯やって元気をつけなければならない時は、遠慮なく中断してください」

「ありがとうございます」患者は言った。「しかし私は先生に手当てして頂いてからすっかり回復しました。そして、ここで朝食を頂いて完全によくなったと思います。あなたの貴重な時間をできるだけ割きたくありませんので、私の奇妙な経験をすぐにお話したいと思います」

ホームズは大きな肘掛け椅子に座って、だるくて眠そうな瞼で、鋭い熱意のある性質を隠していた。私はホームズの向かいに座り、患者が詳しく説明する奇妙な話に息を殺して耳を傾けた。

「まず知っていただきたいのは」患者は言った。「私は身寄りのない独身で、ロンドンの下宿に一人暮らしをしていることです。職業は水力工学エンジニアで、この仕事には非常に豊富な経験を積んでいます。私は七年間、グリーンウィッチにある有名な会社のベナー&マジソンで見習いをしていました。二年前、任期を勤めあげた時、父の不幸な死によって、ある程度の財産を相続しました。私は自分で起業することを決意し、ビクトリア街の一室で開業しました」

「おそらく独立開業した当初は誰でもわびしい思いをするでしょう。私の場合、それは極端でした。二年間、収入につながる仕事は、相談が三件と小さな仕事が一件、それだけでした。総収入は27ポンド10シリングでした。毎日、私は朝九時から夕方四時まで、小さな事務所で待ちましたが、やがて気持ちがくじけ出し、もう仕事はまったく来ないのだと思うまでになっていました」

「しかし昨日、事務所から帰ろうと思っていた時、事務員が入ってきて、仕事の件で会いたいという紳士が待っていると告げました。事務員は名刺も持ってきました。そこには『ライサンダー・スターク大佐』という名前が書かれていました。事務員のすぐ後にその大佐がやってきました。平均よりやや背が高く見えましたが、異常なほど痩せていました。こんなに痩せた男は見た事がありませんでした。顔の肉は削げ落ちて、鼻と顎だけが尖っていました。頬の皮膚は、突き出た頬骨にピンと引っ張られていました。しかしその痩身は病気によるものではなく、元々の体質のように見えました。なぜなら、目は輝き、きびきびした歩き方で、自信たっぷりの様子だったからです。服装は簡素ですがきちんとしていました、年齢は、30代というより40代に近かったはずです」

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「『ハザリーさんですね?』大佐は少しドイツ訛の口調で言いました。『ハザリーさんは仕事に堪能なだけではなく、秘密を守ることが出来る分別のある方だと推薦されましてね』」

「私はお辞儀をしました、このように言われれば、若い男なら誰でも良い気分になるでしょう。『私をそんなに褒めて下さった方がどなたなのか、伺ってもよろしいでしょうか?』」

「『まあ、今は申し上げないでおきましょう。同じ人物から、あなたは身寄りのない独身で、ロンドンで一人暮らしをしていると聞いたのですが』」

「『その通りです』私は答えました。『しかし、失礼ですが、そのことが私の仕事の技能に何の関係があるのか分かりません。私とお話したいというのは、仕事の用件だと伺っていますが』」