コンプリート・シャーロック・ホームズ
ホーム長編緋色の研究四つの署名バスカヴィル家の犬恐怖の谷短編シャーロック・ホームズの冒険シャーロック・ホームズの回想シャーロック・ホームズの帰還最後の挨拶 シャーロック・ホームズの事件簿

「アグラは大きな街で、狂信者と色々な流派の熱狂的な悪魔崇拝者で溢れ返っていた。一部の人間が狭い曲がりくねった通りで行方不明になった。そのため、リーダーは川を渡り、アグラの古い砦に陣地を構えた。あんたらの中に、この古い砦について何か見聞きした奴がいるかもしらんな。あそこはとんでもなく奇妙な場所だ。俺もあちこち妙な所に入ったことがあるが、俺が足を踏み入れた中で一番奇妙だった。まず何よりも、ものすごくでかい。囲い地の広さは想像もつかない広さだ。比較的新しい建物に守備隊全員、女性、子供、貯蔵所、そのほか全てを配置しても、まだまだ余裕があった。しかし、新しい建物は古い建物から見れば、比較にならないほど小さい。古い建物には、誰も行かないので、サソリやムカデの棲家になっている。どこもかしこも、荒れ果てた広間、曲がりくねった通路、右にいったり左に行ったりする長い回廊で、埋め尽くされていたので、中に入った人間は簡単に迷子になる。これが原因で誰もほとんど中には入らない。時々、たいまつを手にしたグループが探検する程度だ」

「古い砦の正面には川が流れており、攻めてはこられない。しかし横と後ろに沢山の扉があり、ここは、実際に占拠している場所を守るだけでは不十分で、古い部分も護衛する必要があった。しかし人手が足りなかった。建物の角毎に配置する人間も、銃も供給できなかった。したがって、無数にある門の全てに強固な守備隊を配備する事は不可能だった。採用した策は、砦の中央に中央警備署を組織し、白人一人と、二人か三人の現地人にそれぞれの門を任せることだった。俺は夜間の一定時間、建物の南西側の小さな孤立した扉の責任者に選ばれた。シーク教徒の兵士が二人、俺の指揮下に配属された。そして俺は何かまずい事が起こればマスケット銃を撃てと指示された。そうすると、中央警備隊から、すぐ助けが来るだろうと言われた。しかし警備隊はゆうに300メートルは離れており、その間の空間は通路や廊下の迷路が邪魔をしていた。俺は実際に攻撃があった時、警備隊がすぐにやって来て援護してもらえるのか、かなり疑問に思っていた」

「俺は、新兵で足が不自由だったにもかかわらず、この小さな指揮権が与えられたことをかなり誇りに思っていた。俺は二晩、パンジャブ人と見張りをしていた。こいつらはマホメット・シンとアブドーラ・カーンという名前の、背の高い物凄い顔つきの奴らだった。二人とも古い兵士で、チリアン・ウォラでイギリス軍に応戦した事があった。彼らは英語が非常に達者だった。しかし俺は、彼らからほとんど話を聞きだすことは出来なかった。彼らは、一緒に立ち、聞きなじみのないシークの言葉で一晩中おしゃべりするが好きだった。俺は、広い曲がりくねった河と、大きな都市のきらめく光を見下ろしながら、門の外に立っていた。ドラムを叩く音、トムトムを鳴らす音、反乱者がアヘンや麻薬に酔ってわめいたり叫んだりする声、 ―― これを聞けば、川の向こうには危険な隣人がいることが、一晩中頭から離れなかった。二時間おきに夜勤の幹部が、持ち場を全部回って異常がないか確認していた」

「三日目の夜、外は暗く、荒れ模様で、横殴りに雨が降る中、俺は見張りをしていた。こんな天気の中を何時間も戸口に立っているのは気がめいる仕事だった。俺は何度もシーク教徒たちと話そうとしたが、あまり続かなかった。午前二時、見回りが回ってきて、少しの間、夜の退屈がまぎれた。相棒たちが話をしようとしないので、俺はパイプを取り出し、マッチを擦ろうとマスケット銃を置いた。その瞬間、二人のシーク教徒が襲い掛かって来た。一人が俺の銃を引っつかむと、俺の頭に向けた。その間もう一人が、俺の喉に大きなナイフを押し付け、もし一歩でも動けば刺すと小声で脅した」

illustration

「俺は最初に思ったのは、こいつらは反乱者の仲間で、これから襲撃が始まるという事だ。もしこの扉がインド兵の手に落ちれば、この砦は陥落し、女子供はカウンポールと同じ目にあう。多分、あんた方は俺が自分の都合がいいように話をでっちあげていると思うだろう。しかし誓って言うが、俺はそう考えて、喉にナイフの先が当たっているのを感じながらも、叫び声をあげようと、口を開いた。もしそれが俺の最後の叫びになろうとも、それで中央警備隊が気づくかもしれないと思ったのだ。俺を押さえていた男は、その意図を感づいたようで、俺が声を上げようと身構えた瞬間、こうささやいた。『声を出すな。この砦は安全だ。川のこっち側には反乱兵はいない』この言葉には嘘がなさそうだった。そしてもし声を立てれば殺されると分かった。俺はそれをこの男の茶色の瞳から読み取った。だから、俺はこいつらが何を要求しているのか聞いてみようと、黙ったまま待った」

「『聞いてくれ、旦那』二人のうち、背が高く恐ろしい方が言った。アブドーラ・カーンと呼ばれていた男だ。『俺たちの味方になるか、さもなくば永遠に口をきけなくなるかだ。あまりにもでかい山だから、俺たちは躊躇しない。旦那がキリスト教の十字架に誓って心から俺たちに味方するか、さもなくば、今夜、旦那を殺して溝の中に放り込み、俺たちは川向こうの反乱軍の仲間のところに行くかだ。真ん中の道はない。死ぬか生きるか?三分間だけ決める時間をやろう。刻一刻と過ぎている。次に巡回が来るまでに全てをやってしまわないといけない』」

「『どうやって決められる?』俺は言った。『お前たちが俺にどうしてほしいか分からんじゃないか。しかし、言っておくが、もしそれがこの砦に不利になるようなことなら、その話には乗らない。さっさとそのナイフを突き立てろ。望むところだ』」

「『まったくこの砦に不利になるようなことではない』彼は言った。『旦那の国の人間がわざわざここに来た目的を果たして欲しいだけだ。俺たちは旦那に金持ちになってもらいたい。もし旦那が今夜俺たちの仲間になるなら、俺たちは旦那に抜いたナイフにかけて、シーク教徒が決して破らない三重の誓いにかけて誓う。略奪品は旦那にも公平に分配する。財宝の四分の一は旦那のものだ。これ以上ない公平な条件だろう』」

「『しかしその財宝とはなんだ?』俺は尋ねた。『できることなら、俺もお前たちと同じくらい金持ちになりたくてたまらない。しかしどうやってできるのか教えてくれ』」

「『では、誓うか』彼は言った。『旦那の父の骨にかけて、旦那の母の名誉にかけて、旦那の信仰の十字架にかけて、今からずっと、俺たちに手を上げない、反対する言葉を言わない、いいか?』」

「『誓おう』俺は答えた。『砦が危険にさらされない限り』」

「『では俺の同士と俺は誓う。旦那は財宝の四分の一を受け取る。財宝は我々四人で均等に分割する』」

「『しかし三人しかおらんぞ』俺は言った」

「『いや、ドスト・アクバルの分がある。俺たちが彼らを待つ間に話をしておこう。門のところに立っていてくれるか、マホメット・シン。そして奴らが来たら知らせてくれ。事の次第はこうだ、旦那。俺がこれを旦那に話すのは、ヨーロッパ人は誓いを守ると知っているし、旦那は信用がおけそうだからだ。もし旦那が嘘つきのヒンドゥーなら、外道寺院の神全部に誓ったとしても、このナイフは旦那の血を吸い、旦那の体は水の底だっただろう。しかしシーク教徒はイギリス人を知っている。そしてイギリス人はシーク教徒を知っている。じゃ、俺の話をよく聞いてくれ』」