コンプリート・シャーロック・ホームズ
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しかしこんなおどけた言葉に反して、彼がこの新しい潜入捜査をもっと深刻に考えていたことは、その行動から明白だった。なぜそう受け止めたのだろうか。それは彼の罪の意識かもしれなかった。それはピンカートン探偵社の名声だったかもしれなかった。それは巨大で豊かな団体が、スカウラーズを一掃する仕事に乗り出したということを知ったからかもしれなかった。その理由がなんであろうとも、彼は最悪の事態に備えた行動を始めた。彼は家を出る前に、証拠となる書類を全て燃やした。その後、彼はやっと安全が確保できたように思えたので、満足げに長い溜息をついた。それでも、まだ不安が残っていた違いなかった。彼は、支部に行く途中、シャフター老人の下宿に立ち寄った。この家に来るのは禁じられていたが、窓を叩くとエティが顔を出した。彼女の恋人の目から、アイルランド人のいたずらっぽい輝きは消え失せていた。彼女はその真剣な目から危険を察知した。

「何か起きたのね!」彼女は叫んだ。「ああ、ジャック、危ない目にあっているのね!」

「それほど悪くはない、エティ。しかし、もっと悪くなる前にここを出たほうが賢明なようだ」

「出て行く?」

「いつかは出て行くと、前に約束しただろう。その時が迫っていると思う。俺は今夜知らせを受けた。悪い知らせだ。だから問題が起きると分かった」

「警察なの?」

「いや、ピンカートンの男だ。しかし、おそらくお前は何のことかも、それが俺のような男達にどういう意味があるかもわからんだろう。俺はこの件に首を突っ込みすぎている。そしてすぐにここから出て行かねばならなくなりそうだ。もし俺が行くならついて来ると言っていたな」

「ああ、ジャック、それであなたが救われるなら!」

「俺は重要な事には嘘をつかない、エティ。どんなことをしても、俺はお前の美しい髪の一本さえ傷つけない。それに、俺がいつも見上げている天上の金の王座から、お前を一インチだって下ろしたりはしない。俺を信じるか?」

彼女は何も言わず彼の手の上に手を置いた。「よし、じゃ、俺が言う事を聞け。そして俺の言うとおりにするんだ。これが俺達のたった一つの道だ。この谷でえらい事が起きようとしている。俺は確信している。俺達のほとんどは自分の身を案じなければならなくなる。とにかく、俺もその一人だ。俺が出て行く時、昼でも夜でも、俺と一緒に来なければいかん!」

「後から追って行くわ、ジャック」

「駄目だ。お前は俺と一緒に来るんだ。もし俺がこの谷から締め出されたら、二度と戻って来れない。どうしてお前を後に残して行けるものか。それに俺は多分警察から追われる身になる。どうやって手紙を出すチャンスがあるか?お前は俺と一緒でなくてはならん。俺は昔住んでいた場所に親切な女がいるのを知っている。俺達が結婚できるまでそこにお前を預ける。来るか?」

「分かったわ、ジャック、行きます」

「俺を信じたお前に祝福あれ!もしお前を粗末にしたら俺は地獄の悪魔に違いない。さあ、いいか、エティ、お前には一言だけ連絡が来る。それが来たら、何もかも投げ捨てて、停車場の待合所まですぐに来い。そして俺が迎えに行くまでそこにいろ」

「昼でも夜でも、一言連絡があれば行くわ、ジャック」