コンプリート・シャーロック・ホームズ
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白銀号事件

「残念だが、ワトソン、行く事になりそうだ」ある朝一緒に朝食をとっているとホームズが言った。

「行く!どこへ?」

「ダートムーア、キングズ・パイランドだ。」

意外ではなかった。実を言うとは私は、イギリス中の話題をさらっていたこの異常な事件に、まだホームズが関与していない事をただ不思議に思っていた。ホームズは一日中、深くうなだれて、眉を寄せ、何度となくパイプに一番強い黒煙草を詰め込み、私の質問や話には全く耳も貸さず、部屋をうろついていた。配達人に届けさせた新聞の最新版はどれもちょっと眺めただけで部屋の隅に投げ捨てた。ホームズは何も言わなかったが、ずっと考え続けている事が何なのか、私には手に取るように分かっていた。新聞に掲載されている事件で、ホームズの分析能力を必要とするものは、ただ一つしかなかった。それはウェセックス・カップ本命馬が奇妙にも失踪し、その馬の調教師が無残に殺害された事件だ。それゆえ突然ホームズがその事件現場に行く意思を告げた時、それは私が予想し期待していたことが起きたに過ぎなかった。

「是非一緒に行きたいのだが、足手まといになるかな」私は言った。

「ワトソン、一緒に来てくれるのは本当に助かるよ。それに無駄骨には終わらないと思うよ。この事件には非常に特異な点がいくつかある。パディントン駅発の列車に乗るなら、おそらくそろそろ出ないと間に合わないようだから、この事件については列車の中で詳しく説明しよう。君の素晴らしい双眼鏡を持って来てもらえたら助かるな」