コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「『ここはどこか分かりますか?』男は尋ねた。『荒野で野宿するしかないと諦めかけたところで、あなたのランタンの光を見つけました』」

「『ここはキングズ・パイランドの訓練厩舎の近くです』エディス・バクスターは言った」

「『ええ、そうですか、こりゃ幸運だ!』男は叫んだ。『厩舎の馬丁が毎日そこに一人で泊まっているようですね。手にしている夕食は、多分その馬丁のものでしょう。ね、あんたは、新しいドレスが買えるほどのお金を要らないと言うほど、お高くとまってはいないでしょうね?』男はベストのポケットから折り畳んだ白い紙を何枚か取り出した。『今夜厩舎にいる馬丁にこれを渡してくれれば、素晴らしいドレスを買えるくらいのお金をあげるよ』」

「エディス・バクスターは男の熱心な態度に怖くなり、彼をすり抜けると、いつも食事を届けていた窓に向かって走った。窓はすでに開いていて、ハンターは厩舎の中で小さなテーブルの前に座っていた。何が起きたか、エディス・バクスターが話し始めた時、先ほどの男が再び近寄ってきた」

「『こんばんは』男は窓から覗き込みながら言った。『ちょっとだけ聞かせて欲しいんだが』エディス・バクスターは、男が話している時、握った手から小さな紙の角が出ていたのに気が付いたと証言している」

「『ここに何の用がある?』ハンターは聞いた」

「『君のポケットに何かが転がり込むかもしれないという用さ』その男は言った。『ウェセックス・カップに出場するシルバー・ブレイズとバヤードの二頭がここにいるだろう。確かな情報を教えてくれれば、絶対に損はさせない。このウェイトでは、バヤードは他の馬に五ハロンの間に100ヤードの差をつけられるから、厩舎の人はこの馬に賭けているというのは本当なのか?』」

「『じゃ、お前は忌々しい予想屋か!』ハンターは叫んだ。『キングズ・パイランドではどういう扱いをするか見せてやる』ハンターはさっと立ち上がると、厩舎を横切って犬を放しに行った。エディス・バクスターは家に逃げ帰った。しかし走っている時に振り返ると、その男が窓から身を乗り出しているのが見えた。しかし一分後、ハンターが犬を連れて駆け出して来た時、男の姿はなかった。ハンターは建物の周りをくまなく探して走ったが、男の手がかりを見つけることはできなかった」

「ちょっと待ってくれ」私は尋ねた。「馬丁が犬を連れて駆け出た時、ドアに鍵を掛けなかったのか?」

「素晴らしい、ワトソン、素晴らしい!」ホームズはつぶやいた。「それは重要な点で、僕も非常に気にかかったので、わざわざ昨日ダートムーアに電報を打って確認した。馬丁は出て行く前にドアに鍵を掛けていた。付け加えると、窓は男が通り抜けられる大きさではなかった」

「ハンターは馬丁仲間が戻って来るまで待っていて、それから調教師のストレーカーに手紙で何が起きたかを伝えた。ストレーカーはこの話を聞いてかっとなったが、後から考えるとストレーカーはこの時、事件の本当の重要さがよく分かっていないようだった。しかし、この事件はなんとなくストレーカーを不安にさせたようだ。そしてストレーカー夫人が午前一時に目を覚ました時、夫が服を着ているのに気付いた。ストレーカー夫人がどうしたのか尋ねると、ストレーカーは馬のことが心配で眠れないので、厩舎まで行って問題がないかを確認するつもりだと答えた。雨が窓に打ち付けている音が聞こえたので、ストレーカー夫人は夫に家にいるように頼んだ。しかし夫人の頼みにも拘らず、ストレーカーは大きな雨合羽を着て出て行った」

「ストレーカー夫人は朝七時に目覚め、夫がまだ戻っていない事を知った。夫人は急いで服を着ると、メイドを呼んで厩舎に出かけた。扉は開いており、中では集めた椅子の上で、ハンターが完全な昏睡状態に陥っていた。シルバー・ブレイズの厩は空っぽで、夫の姿はどこにもなかった」