コンプリート・シャーロック・ホームズ
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老人はちょっと小走りで扉に向かった。しかし、アセルニー・ジョーンズが広い背中を扉に当てたので、抵抗は無駄だと悟った。

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「こりゃひどい扱いだ!」彼は杖で床を突きながら叫んだ。「私は紳士と会いにここまで来た。それなのに、あなた方二人、初対面の人たちが、私を捕まえてこんな風に扱うとは!」

「そんなにひどい扱いはしませんよ」私は言った。「あなたのお時間を取らせた埋め合わせはします。そちらのソファに座って下さい。そんなに長くお待たせはしませんから」

彼は不機嫌そうに椅子まで行き、顔に手を当てて座った。ジョーンズと私は葉巻を吸いながら話に戻った。しかし突然、ホームズの声がその話に割り込んできた。

「僕には葉巻を勧めてくれないのか」彼は言った。

二人とも椅子に座ったまま仰天した。ホームズは非常に愉快そうに、私たちのすぐ側に座っていた。

「ホームズ!」私は叫んだ。「ここにいたのか!しかしあの老人は?」

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「ここにいる」彼は白い毛の塊を差し出して言った。「ここに彼がいる、 ―― かつら、頬髭、眉毛、ほか全部だ。僕は自分の変装はなかなのものだと思っていたが、このテストで見抜かれないとはほとんど予想していなかった」

「ああ、人が悪い!」ジョーンズは非常に嬉しそうに叫んだ。「あなたは俳優になれたでしょう、それも稀な俳優に。あの咳は救貧院で聞くのとそっくりだ。それにあのよぼよぼした足。1週10ポンドは稼げるでしょう。しかし、あなたの目の輝きは分かっていると思っていましたがね。そんなに簡単にあなたを見誤る我々ではないはずです。そうでしょう?」

「僕は一日中その格好で働いていた」彼は葉巻に火をつけながら言った。「知っているだろう。非常に多くの犯罪者が僕のことを知り始めている。特にこちらの友人が、僕の事件をいくつか公表するようになってからな。だからちょっと出かけるにも、こんな簡単な変装をしておかなければならないわけだ。僕の電報は読んだか?」

「ええ、それでここに来たんです」

「君の事件は順調に行っているのか?」

「何もかも駄目になりました。逮捕者を二人、釈放しなければなりませんでした。他の二人にも不利な証拠がまるでありません」

「心配するな。すぐに代わりの二人を見つけてやるよ。そのかわりと言ってはなんだが、僕の頼みも聞いてもらいたい。警察としての手柄は全部君のものだ。見返りに、僕が指示した事はその通りにして欲しい。これで納得できるか?」

「もちろんです。犯人を捕まえる手助けをしてもらえるなら」

「よし。では最初に警察艇が一隻必要だ、 ―― 蒸気船だ ―― 、7時にウェストミンスター・ステアズにまわして欲しい」

「それはおやすい御用です。何時でもあの辺に一隻いますが、道の向こうから電話をかけて確保しておきましょう」

「それから抵抗された時のために屈強な男が二人欲しい」

「船に二、三人乗せましょう。他には」

「犯人を逮捕した際、財宝が手に入るはずだ。その箱を、財宝の半分の合法的権利がある若い女性の家に持って行き、本人の目の前で最初に蓋を開ければ、ここにいる友人が喜ぶと思う。どうだ、ワトソン?」

「それはこの上なく嬉しい話だ」

「かなり変則的な手続きですね」ジェームズは首を振りながら言った。「しかし、全体が変則的ですから、これには目をつぶりましょう。それが済んだ後、財宝は公的調査が終わるまで当局の手に引き渡していただきます」

「もちろんだ。それは簡単な事だ。もう一つある。僕はこの事件の詳細について何点か、ジョナサン・スモール自身の口から是非聞きたい。君は僕が事件を詳細まで調べつくしたい性質なのを知っているはずだ。僕の部屋でもどこでもいいが、犯人が逃げる心配がない場所なら、僕が非公式に彼の話を聞く場を持っても別に異論はないだろう?」

「まあ、あなたが主人公ですからね。私にはまだそのジョナサン・スモールが存在しているかさえ確かでない。とはいえ、もしあなたがその男を捕まえられるなら、話をしてはならないとはちょっと言えませんね」

「じゃ、それでいいんだね?」

「結構です。何か他には?」

「是非、食事を共にして欲しいということだけだな。30分で用意できるだろう。牡蠣と、ライチョウが二羽ある。白ワインもまあまあのやつを選んである。ワトソン、君はまだ僕の家政婦としての才能は知らないだろう」