コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「状況を再構築してみよう」彼は馬車が国会議事堂を過ぎ、ウェストミンスター橋を素早く通過する時に言った。「この悪党たちは最初に彼女の忠実なメイドを遠ざけた後、不幸な女性を騙してロンドンに連れてきた。もし彼女が手紙を書いていても彼らが横取りしただろう。誰か共犯者を使って彼らは家具つきの家を借りた。いったんそこに入れば、彼女は袋の鼠だ。そして彼らは高価な宝石を奪う。それが最初からの狙いだ。すでに彼らはその一部を売りに出し始めた。彼らには十分安全に思えた。誰かがこの女性の運命に興味をいだくと考える理由がなかったからだ。もし彼女を解放すれば当然彼らは告発される。したがって、彼女を解放するわけにはいかない。しかし彼らは彼女をいつまでも閉じ込めておくことはできない。したがって彼らに出来る解決策はただ一つ、彼女を殺害することだ」

「非常に明白なようだな」

「ここで別の方向から推理をしてみよう。この二つの違った推理の連鎖を追えば、ワトソン、どこかにその交点が見つかり、そこが真実に非常に近いはずだ。我々は、女性ではなく棺から出発して逆方向に推理してみよう。この出来事は残念ながら、どう考えても女性の死を意味する。同時にこれは正式な死亡診断書と役所の許可証を得た通常の埋葬を示している。もし女性が明らかな形で殺害されていれば、彼らは裏庭の穴に埋めただろう。しかし今回は何もかも堂々とした通常の手順だ。これはどういう意味だ?もちろん、彼らは何らかの方法で彼女を死に至らしめた。それは医者の目をごまかして自然死に思わせる方法だ、 ―― おそらく毒殺だろう。それでも、医者に見せるというのは、あまりにも不自然だ。医者が共犯者でない限り、とても上手くいきそうもない」

「死亡診断書を偽造できるのでは?」

「危険だ、ワトソン、非常に危険だ。いや、そんな事をするとはまず考えられない。停めろ、運転手!今ちょうど質屋を過ぎたところだからあそこが間違いなく例の葬儀屋だ。行ってくれるか、ワトソン?君の外見なら疑われないだろう。明日何時にポルトニースクエアの葬儀が執り行われるか聞いてくれ」

店の女店員はためらうことなく午前八時に行われると答えた。「分かったか、ワトソン、謎はない、全てが公明正大だ!何らかの方法で、正式な書類が間違いなく発行されている。そして彼らはほとんど懸念を抱いていない。よし、今は正面突破あるのみだ。武器は持っているか?」

「杖がある!」

「よしよし、我々は十分強力だ。『喧嘩には理がある方が三人力』我々には単に警察を待ったり法律を四角四面に適用するような余裕がない。行ってくれ、運転手。さあ、ワトソン、これから、一緒に運試しだ、これまでも、たまにやってきたように」

彼はポルトニースクエアの真ん中にある大きな暗い家の扉のベルをけたたましく鳴らした。すぐに扉が開かれ、薄暗い玄関ホールの光を背に背の高い女性の姿が影となって浮かび上がった。

「はい、何の用で?」彼女は暗闇の中から我々をじっと見て鋭く訊いた。

「シュレジンジャー博士と話がしたい」ホームズが言った。

「ここにそんな人はいません」彼女は答え、扉を閉めようとしたがホームズが足を入れて防いだ。

「けっこうだ。私はここに住んでいる男に会いたい。彼が自分を何と呼んでいようと構わん」ホームズはきっぱり言った。

彼女はためらった。その後彼女はさっと扉をあけた。「どうぞ、お入り!」彼女は言った。「私の夫は世界中のどんな男に会うのも恐れません」彼女は私たちを入れて扉を閉め、ホールの右側にある居間に案内した。彼女はそこを出るときにガス灯の火を大きくした。「ピーターズはすぐに来ます」彼女は言った。

彼女の言ったとおりだった。案内された埃っぽい虫に食われた部屋を見回す間もなく、扉が開いて大きなきれいにひげを剃った禿頭の男が軽やかな足取りで部屋に入って来た。彼は頬肉が垂れ下がった大きな赤ら顔だった。全般的に表面的には博愛心のある雰囲気を漂わせていたが、残酷で悪意ある口元で台無しになっていた。

「きっと何か間違いがあったのでしょう」彼は愛想の良い、呑気そうな声で言った。「間違った所にやってきたのだと思います。もしかして、通りをもっと向こうに行けば・・・」

「後でそうする。無駄にする時間はない」ホームズがきっぱり言った。「お前はバーデンと南アメリカで、かつてシュレジンジャー博士尊師だったアデレードのヘンリー・ピーターズだ。僕の名前がシャーロックホームズだというくらい確信がある」

ピーターズは、 ―― これから彼をこう呼ぶが ―― 、ぎくりとして恐ろしい追跡者を睨みつけた。「あなたの名前を聞いても怖くありませんね、ホームズさん」彼は冷静に言った。「やましいところがない人間がびくびくするはずがないでしょう。私の家になんの御用で?」

「お前がバーデンから連れ去ったレディ・フランシス・カーファックスをどうしたかが知りたい」

「その女性がどこにいるかお話できれば非常に嬉しいところですがね」ピーターズは冷ややかに答えた。「私は彼女に100ポンド近い貸しがあります。販売人がろくに見もしない偽のペンダント二つでは、到底釣り合いません。彼女はバーデンで妻と私にべったりでした、 ―― 私がその時別の名前を使っていたのは事実ですが ―― 、そして彼女は我々がロンドンに来るまでくっついて来ました。私は彼女の勘定を払い切符を買いました。いったんロンドンに来るや、彼女はさっと姿を消しました。そして、私が言ったように、この古臭い宝石を勘定の支払いとして置いていきました。彼女を見つけてください、ホームズさん、調査費は払います」

「彼女は見つけるつもりだ」シャーロックホームズが言った。「彼女が見つかるまでこの家を調べさせてもらう」

「令状をお持ちでしょうか?」

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ホームズはポケットから拳銃を半分引き出した。「もっと良いのが来るまでこれがその役目を果たしてくれる」

「なんだ、ただの泥棒じゃないか」

「そう言いたければ言うがいい」ホームズは愉快そうに言った。「僕の連れもまた危険な悪党だ。一緒に我々はお前の家を捜索する」

ピーターズは扉を開けた。

「警察を呼べ、アニー!」彼は言った。廊下を去っていく女性のスカートの衣擦れの音がした。そして玄関の扉が開き、閉じられた。