コンプリート・シャーロック・ホームズ
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我々がベーカー街の部屋に着いた時、一通の電報が我々を待っていた。ホームズはそれを読むと興味ありげな声をあげて、私の方に投げてよこした。「ギザギザでちぎれている」というのが電文だった。そして差出元はバーデンだった。

「これはなんだ?」私は尋ねた。

「全てだ」ホームズは答えた。「君は、聖職者の男の左耳に関する、僕の一見無関係な質問を覚えているだろう。君は返事をしなかったが」

「私はバーデンに出発していて調査できなかった」

「そうだな。そういう場合にそなえて、僕は英国ホテルの支配人に同じ電報を送っていたんだ。これがその返事だ」

「これで何が分かるんだ?」

「ワトソン、これで分かるのは、我々が特にずる賢く危険な人物を相手にしているという事だ。シュレジンジャー博士尊師、南アメリカから来た伝道師、彼は他ならぬホーリー・ピーターズだ。オーストラリアが生んだ最も恥知らずな悪党の一人だ。・・・・そして若い国にしては、彼は非常に洗練された悪党だ。彼が専門としているのは、孤独な女性の宗教感情を掻き立てて、だますことだ。そして彼の妻と呼ばれているのは、フレーザーというイギリス女性だが、有能な相棒だ。こいつの手口の特徴から、僕の心に彼の正体が浮かんだ。そしてこの身体的特徴が、 ―― 彼は1889年にアデレードの酒場で喧嘩をしてひどく噛まれた ―― 僕の疑いを確信に変えた。この哀れな女性は最もおぞましい二人組みの手にある。こいつらは全く手加減しないだろう、ワトソン。彼女がすでに殺されている可能性は非常に高い。そうでないなら、彼女は間違いなく何らかの形で監禁され、ミス・ドブニーや他の友人に手紙を書くことができない。彼女がロンドンに来ていないという可能性も十分ある。さもなくば、ここを通り過ぎてどこかに行ったという可能性もある。しかし前者はありそうもない。外国人登録制によって、外国人がヨーロッパの警察を騙すのは大変なことだ。そして後者もまた起こりそうにはない。この悪党たちが簡単に一人の人間を監禁状態においておけるような場所を他で見つけることができるとは思えん。僕の全ての直感が彼女はロンドンにいると言っている。しかし今のところ、我々にはその場所を突き止めることが出来る方法がないので、できることといえば、夕食を食べ、じっと我慢することだけだ。夜遅くになれば、僕はちょっと出かけてロンドン警視庁のレストレードと話をしてくる」

しかし警察も、ホームズ自身の小さいが効果的な組織も、この事件を解決するには至らなかった。数百万人がひしめくロンドンの中で、我々が探す三人の人物は、あたかも元から存在しなかったように完全に消えていた。広告を出してみたが、効果はなかった。手がかりを追ってみたが何も出てこなかった。シュレジンジャーが良く行くような犯罪者の溜まり場でも消息はつかめなかった。昔の仲間に見張りをつけた。しかし彼の姿はなかった。その時、突然、一週間の無力な不安の後、一筋の光が差し込んだ。古スペインのデザインの銀とダイアのペンダントが、ウェストミンスター通りのボヴィントン質店に質草として預けられたのだ。持ってきたのは大きな聖職者風の髭を生やしていない男だった。彼の名前と住所は調べて嘘だと判明した。耳がどうだったかは分かっていないが、人相は間違いなくシュレジンジャーと一致した。

ランガムホテルから三度、我々の髭の友人が知らせを求めてやってきた、 ―― 三回目はこの新しい展開から一時間以内のことだった。彼の服は大きな体に対してだんだん緩くなってきていた。彼はこの不安で弱ってきているようだった。「何か出来ることがあれば言って下さい!」というのが彼のいつも言う泣き言だった。ついにホームズはその願いを聞き入れた。

「彼は宝石を質に入れ始めました。今度こそ彼を捕まえなければ」

「しかしこれはレディ・フランシスに悪いことが起きたという知らせでは?」

ホームズは重々しく首をふった。

「彼らが今まで監禁して生かしておいたと仮定しても、彼女を解放すれば彼は身の破滅を覚悟しなければことは明らかです。最悪の事態に備えなければなりません」

「私に何ができますか?」

「彼らはあなたの顔を知りませんか?」

「ええ」

「彼らは今後どこか別の質屋に行く可能性があります。そうなれば、我々はまた一からやり直しです。一方、彼が何も問いただされずに納得いく額を手にしていて、もし今後金の工面に困れば、おそらくボヴィントンにまたやって来るでしょう。私が質屋に手紙を書いてあなたに渡します。そうすれば彼らはあなたを店で待たせてくれるでしょう。もし犯人が来ればあなたは彼を家までつけてください。しかし軽率な行為はしないでください。そして、特に暴力はいけません。あなたの名誉にかけて誓っていただきます。あなたは私に知らせず、同意なしに勝手な行動をしないようにと」