コンプリート・シャーロック・ホームズ
ホーム長編緋色の研究四つの署名バスカヴィル家の犬恐怖の谷短編シャーロック・ホームズの冒険シャーロック・ホームズの回想シャーロック・ホームズの帰還最後の挨拶 シャーロック・ホームズの事件簿

確かに彼は来ていた。大柄な体格、粗暴で、壊血病にかかったような赤ら顔の男で、生き生きとした二つの黒い目だけが内面にある非常に狡猾な心を表していた。彼は、地獄の底までまっ逆さまに飛び込んできたように見えた。彼の隣の長いすに、彼が拾ってきたたいまつがあった。それは、細い炎を上げそうな、青ざめて真剣な顔つきの、若い女性の形をしていた。歳は若いが、罪と嘆きに痛めつけられて、ハンセン病のようになったシミを見れば、彼女の過ごした恐ろしい年月を思わずにはいられない。

「こちらは、ミス・キティ・ウィンターです」シンウェル・ジョンソンは太った手を紹介するように振ると言った。「彼女が知らない事は、・・・・いや、自分で話すでしょう。ホームズさん、連絡をもらって一時間と経たずに彼女を見つけました」

「あたいは簡単に見つかるよ」若い女性が言った。「地獄のロンドンからは逃れられないからね。ふとっちょシンウェルと同じ住処さ。あたいらは同類さ、ふとっちょ、お前とあたいは。しかし、畜生!あたいらよりももっと下の地獄にいなければならない奴が一人いる。もし世界に正義があるんならね!それがあんたが追っている男さ、ホームズさん」

ホームズは微笑んだ。「どうやらご協力してもらえそうだね、ミス・ウィンター」

「あいつをいるべき場所に送れるなら、私を好きにつかっとくれ」訪問者は激しい熱意で言った。彼女の青白いこわばった顔と燃え上がる瞳には、女でもほとんどまれな、男では決して手に入れる事ができない激しい憎悪があった。「あたいの過去に立ち入らなくてもいいよ、ホームズさん。それはつまらないことさ。しかしあたいをこんな風にしたのはアデルバート・グラナーだ。あいつを引きずりおろせたら!」彼女は狂ったように爪で虚空をつかんだ。「ああ、あいつを穴の中に引きずり込めさえすれば、あいつが数知れない女を落とした穴に!」

「どんな状況か、分かっているかな?」

「ふとっちょシンウェルが話してくれたよ。あいつは誰か別の馬鹿な女を狙っていて今度は結婚したがっている。あなたはそれを止めたい。でも、女がまともで正気なら、この男と結婚したいと言っても、止めるくらいの事はあんたでも十分できるだろうに」

「彼女はまともではない。恋に狂っている。彼から全て聞いているが、全然気にしていない」

「あの殺人の事も話したのかい?」

「もちろんだ」

「おやまあ、えらい神経をしてるねえ!」

「全部悪口だとして無視だ」

「馬鹿な女の目の前に証拠をつきつけてやれないの?」

「するつもりだが、その手助けをしてもらえるかな?」

「あたい自身が証拠じゃないの?もし私がその女の前に出て行って、あいつが私をどんな風に・・・」

「それをやってもらえるか?」

「そうするか?しないはずないじゃないの!」

「よし、やってみる価値があるかもしれないな。しかし彼はほとんどの罪を打ち明けて、彼女の赦しをもらっている。だから彼女は疑念を蒸し返したりしないだろうと思う」

「あいつがその女に言っていないことをさらけ出してやる」ミス・ウィンターが言った。「大騒ぎになったやつ以外にも、一人か二人殺したのをちょっと聞いたんだ。あいつは誰かのことを穏やかに話していて、それからあたいをぎろりと見て言ったんだ。『一ヶ月以内に彼は死んだ』ほら話じゃなかった、絶対。しかしほとんど気にしなかった、・・・・・分かるだろう、その時はあたいはあいつにぞっこんだった。あいつが何をやってもあたいは納得していた。その馬鹿娘と同じようにさ!あたいを動揺させたのはたった一つだけ。ああ、畜生!もし、あいつが意地の悪い嘘で言い訳してなだめなかったら、その晩の内にあいつのところから出て行ったのに。あいつが持っている本だよ、 ―― 鍵のついた茶色の革表紙で外側にあいつの金の紋章がついている本さ。あの夜はちょっと酔っていたと思うんだ。そうでなきゃあれをあたいに見せたりはしなかったはずさ」

「あれとは、いったい何なんだ?」

「いいかい、ホームズさん、この男は女を収集しているのさ。だから蛾や蝶の収集家みたいに、そのコレクションが自慢なんだ。あいつはそれを全部、手帳に集めていた。スナップ写真、名前、詳細、全てのことをね。忌まわしい手帳だった、・・・・人間の書くもんじゃない。あいつが貧民窟育ちのだったとしても、あんなものは書けなったはずだ。しかしあれは間違いなくアデルバート・グラナーの手帳だった。『我が破滅させし魂』その気があれば、表紙にそんな風に書けただろうよ。しかし、どうにもならないさ。あの本はあんたの役に立たないだろうし、仮に役に立ったとしても手に入れられない」

「どこにあるんだ?」

「なんであたいが今どこにあるか知ってるんだよ?あたいがあいつと別れたのは一年以上前さ。その時どこにおいていたかはわかってるけど。あいつは、たいていの事は、正確で几帳面な猫みたいだから、多分まだ奥の書斎の古い引き出しの整理箱の中にまだあるんじゃないか。あいつの家は知ってるのかい?」

「書斎に入ったことがある」ホームズは言った。

「行ったのかい?今朝すぐに出かけるとは仕事が速いね。アデルバートは今回は好敵手に出会ったね。外の書斎は中国の陶器がおいてある部屋だね、 ―― 窓の間にある大きなガラスの戸棚の中にあるだろう。それで、机の後ろの扉の向こうが奥の書斎になっている ―― 書類やら何やらを入れておく小さな部屋さ」

「泥棒の心配はしていないのか?」

「アデルバートは意気地なしじゃない。一番の敵でもあいつをそうは呼べないさ。あいつは自分のことは自分でやれる。夜は防犯ベルがある。それに、泥棒にとって何がある、 ―― あの高級陶磁器以外に持っていくものは?」

「そりゃ駄目だ」シンウェル・ジョンソンは専門家の断固とした口調で言った。「どんな売人もそんなものは欲しがらんな。溶かすことも売ることもできん」

「そうだな」ホームズは言った。「さて、それでは、ミス・ウィンター、もし明日の夕方五時にここに来てもらえれば、僕はそれまでの間に、君の提案どおりこの女性に直接会うという手はずが整えられるかどうかやってみる。君の協力にはこの上なく感謝する。言うまでもないが、依頼人は十分な謝礼を考えて・・・」

「そんなものいらない、ホームズさん」若い女性は叫んだ。「あたいは金目当てじゃないんだ。この男が泥にまみれるところを見せておくれ。そのためだけにやるのさ、・・・・あいつの忌々しい顔を泥の中で踏んづけられれば、それがあたいの報酬さ。明日でもいつでも手伝うよ、あんたがあいつを追っているかぎりね。あたいがどこにいるかは、ふとっちょがいつでも知ってるよ」