コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「あごひげだ!あごひげだ!この男はあごひげがある!」

「あごひげ?」

「これは準男爵じゃない、 ―― この死体は ―― 、なんと僕の荒野仲間だ。あの囚人だよ!」

私たちは、興奮に息せき切って死体をひっくり返した。血がしたたるあごひげが冷たく冴えた月を差した。突き出た額と動物のような窪んだ目は、見間違えようがなかった。岩の上のロウソクの光に照らし出された囚人のセルデンの顔だった。

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その瞬間私には全てが明白になった。私は、準男爵が自分の古着をバリモアに渡したと話したのを覚えていた。バリモアは逃亡する時の服として、それをセルデンに渡したのだ。靴、シャツ、帽子、 ―― それはすべてサー・ヘンリーのものだった。もちろん、誰が死んだにせよ、この惨劇はむごたらしかった。しかしこの男はイギリスの法律では少なくとも死に値するような事をしたのだ。私はホームズにこの事情を説明した。私の心は感謝と喜びではちきれんばかりだった。

「ではこの服が哀れな男に死を招いたわけか」彼は言った。「犬がサー・ヘンリーの持ち物から、彼の臭いを追うように調教されたのは明白だ。 ―― どう考えてもホテルから盗んだ靴だ ―― 、だからこの男も追いかけられたのだ。しかし一つ非常に奇妙なことがある。どうやってセルデンは、この暗闇の中で、犬が追いかけてくると気づいたんだろう?」

「声を聞いたんだ」

「荒野で犬の声を聞いたとしても、この囚人のように頑強な男が、発作的な恐怖を感じて、もう一度捕まる危険を冒してまで大声で助けを呼ぶような精神状態になるわけがない。あの叫び声からすれば、彼は犬に追われていると分かった後、かなり長い距離を走ったはずだ。どうやって犬がやってくると分かったんだろう?」

「私が一番不思議なのは、もし我々の憶測がすべて正しいと仮定すれば、なぜこの犬が・・・・」

「僕に憶測はない」

「そうか。では、なぜこの犬が今夜放されたのかだ。私はいつも荒野を自由にうろついていたのではないと思う。ステイプルトンはサー・ヘンリーが荒野にいると思う理由がない限り放さなかったはずだ」

「僕の疑問の方が、君のよりもはるかに手に負えないな。なぜなら、君の疑問はまもなく解消されるだろうが、僕の疑問は永遠に謎になるかもしれない。当面の問題は、この哀れな男の死体をどうすればいいかだ。放っておいて狐やカラスの餌にするわけにもいかない」

「警察に連絡がつくまで小屋の一つに入れたらどうかな」

「そうだな。そこまでなら二人で運んでいけるに違いない。おや、ワトソン、何だあれは?あの男が自らお出ましだ、なんと恐ろしく大胆な奴だ!一言も疑っているような言い方はするなよ、 ―― 一言もだ。そうしないと僕の計画は滅茶苦茶になる」