コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「そうです。私の旧姓はセルデンです。彼は私の弟です。弟が子供の頃、家族が甘やかせ過ぎたのです。何でも思うようにさせてきました。そのため、世界は自分を喜ばせるために存在し、何でも好きな事をしていいと思うようになってしまいました。大人になって、悪い仲間と出会いました。それから弟は悪魔にとり付かれました。母は悲嘆にくれ、家名は泥にまみれました。罪を犯すごとに弟はどんどん惨めなことになり、とうとう、神の慈悲だけでやっと絞首台から逃れられているというところまで、身を落としました。しかし私にとっては、弟はいまだに小さな巻き毛の少年なのです。私は姉らしく弟の面倒を見て、一緒に遊びました。弟が脱獄したのは、私がここに住んでいて、手助けを求めれば拒めないことを知っていたからです。ある夜、弟が疲れ果て、飢え、すぐ後を看守に追われ、体をひきずってここに来た時、私たち夫婦に何ができたでしょうか?私たちは弟を家に入れて食べ物を与え、世話をしました。その時旦那様が戻ってきました。弟はほとぼりが冷めるまでは他のどこに行くより荒野が安全だと考えました。だから荒野に潜んでいます。二夜に一度、私達は窓に光をかざし、まだ弟が荒野にいるかを確認しました。そしてもし応答があれば、夫がパンと肉を持っていきました。毎日私たちはどこかに行ってくれる事を願っていました。しかしそこに居る限りは、見捨てる事ができませんでした。これは完全な真実です。神聖なカトリックの女性として申し上げます。そして、この件で非難されるべき点があれば、悪いのは夫ではなく私だとお分かりいただけるでしょう。夫がやった事はすべて私のためなのです」

女性は驚くほど必死で、その言葉に嘘はまったく感じられなかった。

「本当なのか、バリモア?」

「はい、サー・ヘンリー。すべてその通りです」

「よし、自分の妻をかばった者を咎める事はできない。私がさっき言ったことは水に流してくれ。二人とも部屋に下がりなさい。この件については、明日の朝よく話し合おう」

彼らが去った後、私たちはもう一度窓の外を眺めた。サー・ヘンリーが窓をさっと開けると、冷たい夜風が我々の顔を打った。はるか遠くの暗闇に、まだ小さな黄色い光の点が輝いていた。

「大胆な奴だな」サー・ヘンリーは言った。

「ここからしか見えないように置いてあるのだろう」

「おそらくそうだろうな。あそこまでどれくらいの距離があるかな?」

「クレフト・トーから来ているようだ」

「せいぜい1~2マイルぐらいか」

「そこまでないかもしれない」

「バリモアが食べ物を運んでいたとすればそれほど遠いはずがない。しかもこの悪党はロウソクの側で待っている。よし、ワトソン、あそこまで行ってあの男を捕まえてやろう!」

私も同じ事を考えていた。バリモア夫妻は自主的に秘密を明かしたのではない。私たちが無理に聞き出したものだ。あの男は社会にとって危険だ。哀れみも釈明も必要のない純然たる悪党だ。私たちはこの機会を利用して、ただ彼が凶悪な行為を出来ない場所に連れ戻すという使命を果たすだけだ。もし我々が手をこまねいていれば、彼の残忍で凶暴な性格によって犠牲者がでるかもしれない。例えば今夜にでも、隣人のステイプルトン兄妹が彼に襲われる可能性があるのだ。もしかすると、サー・ヘンリーはそう考えたから、この冒険に乗り出したのかもしれない。

「一緒に行くよ」私は言った。

「では拳銃を持って靴を履いてくれ。早く出発した方がいいだろう。セルデンが光を消して逃走するかもしれない」