コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「ワトソン、思うのだが」ホームズは遂に口を開いた。「我々が扱った全ての事件で、これよりも奇妙なものはないな」

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「多分、『四つの署名』を除いては」

「まあそうだな。あれ以外でだ。しかし僕には、このジョン・オープンショーはショルト一家よりも、より一層大きな危険の中にいるように思える」

「しかし、すでに」私は尋ねた。「その危険がどんなものか、はっきりした考えがあるのだろう?」

「犯人の正体には疑問の余地はない」ホームズは答えた。

「では何者だ?K.K.K.とは誰のことだ。そしてなぜこの家族を追い求めるんだ?」

シャーロックホームズは目を閉じ、指先を押し当てて椅子の肘掛に肘を置いた。「理想的な探偵は」彼は言った。「さまざまな側面を持った一つの事実を提示された時、そこに到る全ての出来事の連鎖だけでなく、そこから発生する全ての結果まで、推理できるだろう。キュビエがたった一つの骨を仔細に調べることによって、動物の全体を正確に描写できたようにだ。だから探偵は、一連の出来事の連鎖を一つ、完全に解明できたなら、それ以前も、それ以後も、他の全てを正確に説明できるべきなのだ。我々はまだ推理だけでそこまでの結果は出せない。自分の目と耳を頼りに解決を模索している人間が誰一人として手も足も出ない事件を書斎から一歩も出ないで解決することだってできるかもしれない。しかし、この技術を最高のレベルにまで高めるためには、探偵は知りえたすべての事実を活用できなければならない。君にもすぐに分かると思うが、これはあらゆる知識が必要となることを示唆する。この無償教育と百科事典がある時代でも、これを達成するのはかなり大変な事だ。しかし、一人の人間が全ての知識を保有するというのは、全く不可能というわけでもないし、おそらく仕事に役立つだろう。そして僕も、自分がそうありたいと努力している。僕の記憶が正しければ、君は、僕たちが知り合って間もない頃、何かの機会に、僕の知識の限界を非常に正確な形で定義したね」

「そうだな」私は笑いながら答えた。「変わったメモだった。確かこんな風だったな。哲学、天文学、政治は0点、植物学はむらがある、地質学は街の50マイル以内の全ての地域の泥汚れに関して深い知識がある、化学は素晴らしい、解剖学は非体系的、犯罪の文献や記録は独特、バイオリン奏者、ボクサー、剣術家、法律家、コカインとタバコの中毒者。これが、僕の分析の主要な点だったかな」

ホームズは最後の項目に対して、にやりとした。「たしかに」彼は言った。「あの時と同じように、今でも僕は言うよ。人間は小さな頭脳の部屋に、自分がよく使う家具を備え付けて、それを維持しなければならない。そしてそれ以外のものは書斎から放り出して、いつか必要な時に取り出せる場所に置けばいい。さて、今夜我々に提出されたこのような事件の場合、間違いなく全ての情報源をかき集めなければならない。君の側の本棚にあるアメリカ百科事典のKの項目を渡してもらえないか。ありがとう。今、状況を考えてみよう、そしてそこから何が推論できるかを考えよう。まず最初に、オープンショー大佐は何か重大な原因があってアメリカを離れることになった。この想定は間違いないものと考えていいだろう。彼ぐらいの年齢の男は、生活習慣を全て変え、わざわざフロリダの過ごしやすい気候からイギリスの片田舎の町で孤独な生活をするために引越しなどしない。彼がイギリスで極端に孤独を愛する生活をしていたのは、彼が誰か、あるいは何か、を恐れていたことを匂わせる。したがって作業仮説としてこう仮定していいだろう。誰か、あるいは何かに対する恐れから、大佐はアメリカを離れた。彼が何を恐れていたかだが、我々は彼とその後継者が受け取った、例の恐ろしい手紙から推察するしかない。手紙の消印に気付いたか?」