コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「ちょっと心配なのは、私の話が断片的で、それぞれの出来事には、結局ほとんど関係が無いのかもしれないことです。私がぶな屋敷に来た最初の日、ルーカッスルさんは私を台所の扉の近くに建っている小さな離れに連れて行きました。そこに近づくと、鎖がガチャガチャ鳴り、大きな動物が動き回っている音が聞こえました」

「『ここから覗き込んで見なさい!』ルーカッスルさんが厚板の間の隙間を示して言いました。『素晴らしくないですか?』」

「覗き込むと、二つの目がギラギラ光っていて、闇の中で丸まっている体をぼんやりと見分ける事ができました」

「『怖がらなくてもいいですよ』ルーカッスルさんは私がびっくりしたのを見て笑いながら言いました。『我がマスティフ犬のカルロです。我が、と言いましたが、本当は馬丁のトーラーの犬です。この犬を自由にできる唯一人の男です。日に一度餌をやりますが、その時も与えすぎないようにして、いつも神経が張り詰めているようにしています。トーラーは毎晩こいつを放します。こいつの牙に噛まれた侵入者は気の毒ですな。お願いですから、どんな理由があっても、絶対に夜中に敷居をまたいだりしないで下さいね。命の危険がありますから』」

「その警告は単なる脅しではありませんでした。二晩たった夜中の2時ごろの事です。その夜は、月光が美しく輝いていました。ふと寝室の窓から外を見ると、家の前の芝は、まるで昼間のように銀色に輝いていました。私は立ち上がり、平和な風景の美しさに心を奪われていました。その時、ぶなの木立の影の中に何か動くものがあるのに気付きました。月光の下に姿を現した時、その正体が分かりました。それは子牛ほどもある、巨大な犬でした。黄褐色で、顎の肉が垂れ下がり、黒い鼻、大きな骨が飛び出していました。犬はゆっくりと芝生を横切り、反対側の影に消えました。私の心を凍りつかせたこの恐ろしい見張りには、どんな夜盗も手が出せないだろうと思いました」

「これから、非常に奇妙な経験をお話します。ご承知のとおり、私はすでにロンドンで髪を切っていました。その髪は大きな輪にして鞄の底に入れていました。ある夜、子供が寝た後、私は興味本位で部屋の家具を調べ始めました。そして私物の置き場所をあちこち動かしたりしました。部屋には古い整理箪笥がありました。上の二段は開いていて、何も入っていませんでしたが、一番下の段は鍵が掛かっていました。二つの引き出しは下着などで一杯になっており、まだしまいたいものが沢山あったので、当然、三番目の引き出しが使えないのが、もどかしくなりました。ふと、もしかすると、単に不注意で鍵を掛けてしまったのかもしれないと思い、自分の鍵束を取り出して開けようとしました。最初の鍵がうまい具合にピッタリ合い、引出しが開きました。中に入っていたのは、たった一つでしたが、夢にも想像できないものでした。私の髪の束だったのです」

「私はその髪の束を取り上げて調べました。それは同じ独特の色調で、同じ太さでした。しかしその時、こんなことはありえないと気付きました。どうして鍵の掛かった引き出しに私の髪が入るはずがあるでしょうか。私は震える手で自分の鞄を開け、中身を出して、底から自分の髪を取り出しました。私は二つの髪束を一緒に並べました。両方とも絶対に見分けがつきませんでした。ただならぬ事ではないでしょうか?私は混乱して、これにどういう意味があるのか全く理解できませんでした。私は奇妙な髪を引き出しに戻し、そしてこの件についてルーカッスル夫妻には何も言いませんでした。二人が鍵を閉めていた引出しを開けて、ちょっと後ろめたかったのです」

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「ホームズさん、あなたがおっしゃったように、私は元々観察眼の鋭い方です。私はすぐに、家全体の平面図を明瞭に思い浮かべる事ができるようになりました。翼が一つありました。しかし、そこには誰も住んでいないようでした。トーラー夫妻の住んでいる一角にある扉の向こうが、この翼の部屋に通じる廊下でしたが、その扉にはいつも鍵が掛かっていました。しかしある日、私が階段を上っていくと、ルーカッスルさんが鍵を手にこの扉から出てくるところに出会いました。そして彼の顔をちょっと見ると、私がよく知っている丸くて陽気な人とは全く違った人間のように見えました。頬は真っ赤で、怒りで額に皺が寄り、激情でこめかみに血管が浮き出ていました。ルーカッスルさんは扉に鍵を掛けると、私に一言も声を掛けず、目も合わさないで、さっと通り過ぎて行きました」

「このことで私の好奇心に火がつきました。そこで、世話をしている子供と敷地内を散策した時、私は家のこの部分の窓を見ることが出来るように、側面の方に歩いて行きました。一列に並んだ四つの窓がありました。そのうち三つは単に汚い窓というだけでしたが、四つ目には鎧戸が降りていました。どこにも人の住んでいる気配はありませんでした。私が時々その窓の方を見ながら、ぶらついていると、相変わらず陽気で人のいい感じのルーカッスルさんが私の所にやってきました」

「『ああ!』ルーカッスルさんは言いました。『もし私が何も言わずに通り過ぎてしまっても、無礼だと思わんでください、お嬢さん。仕事のことで頭が一杯だったのです』」

「私は怒ってはいないと告げました。『それはそうと』私は言いました。『あちらに沢山の空き部屋があるみたいですね。一つは鎧戸が降りているみたいですが』」

「ルーカッスルさんは驚いた様子でした。私には、この言葉にギクリとしたように見えました」

「『私は写真を撮るのが趣味でね』ルーカッスルさんは言いました。『あそこを暗室にしているんですよ。しかしまあ、私達がお呼びしたお嬢さんはよく目が利きますな。信じられない。誰が信じるでしょう?』彼はふざけた口調で言いました。しかし私を見つめる目は、全然笑っていませんでした。その目には疑惑と不快感がありましたが、おどけた様子は全くありませんでした」