コンプリート・シャーロック・ホームズ
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ホームズと私は観劇好きの二人連れが家に帰るところに見えるよう、正装した。オックスフォード街で、我々は馬車を拾い、ハムステッドの住所まで行った。ここで料金を支払って馬車を降り、身を切るように寒くて風が染み入るような感じがしたので、大きなコートのボタンを掛けると荒地の縁に沿って歩いていった。

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「慎重に事を運ぶ必要がある」ホームズは言った。「手紙は奴の書斎の金庫に保管されているが、その書斎は寝室の隣にある。とはいえ、ああいう太って背が低く金回りのいい奴らは皆同じだが、奴も眠りが深い。アガサが、 ―― 僕の婚約者だが ―― 、使用人の間で主人を起こすのは不可能だという冗談があると話していた。彼は金融資産を扱う秘書を置いていて、こいつが一日中書斎からまったく離れない。夜、侵入する事にしたのはこのためだ。それから彼は猛犬を飼っていて、それが庭をうろついている。ここ二日間、僕は夜遅くにアガサと会ったから、彼女は僕が自由に行き来できるように猛犬を閉じ込めてくれた。これが家だ。自分の庭の中に立っている大きい奴だ。門を抜けて、・・・・ここで右に曲がって月桂樹の間に行こう。この辺でマスクをつけるかな。分かるか、どの窓にもちらりとも光が見えない。だから全ては素晴らしく順調だ」

黒い絹の覆面をして、ロンドンで最も乱暴な二人組に変身すると、我々は静かな暗い家に忍び寄った。タイルを貼ったベランダのようなものが、片側に沿って延びており、そこに窓が幾つかあり、二つの扉が並んでいた。

「あれが彼の寝室だ」ホームズがささやいた。「この扉は真っ直ぐに書斎に繋がっている。我々にはおあつらえ向きなんだが、鍵が掛かっている上に閂までしてある。入る時かなり大きな物音が出るに違いない。こっちに回ってきてくれ。応接室に繋がる温室がある」

温室には鍵がかかっていた。しかしホームズはガラスを円く切り、内側の鍵を回した。我々が入った後、彼が扉を閉めた瞬間から、我々は法の目から見て重罪犯になっていた。むっとするような暖かい温室の空気と、豊かなむせ返るような外来植物の香りが、我々の喉をとらえた。彼は暗闇の中で私の手をつかみ、顔にぶつかってくる低木の列の間を素早く案内した。ホームズは入念に訓練して暗闇の中で物が見えるという恐るべき能力を身につけていた。片手で私の手をつかんだまま、彼は一つの扉を開けた。ぼんやりと少し前まで葉巻が吸われていたらしい大きな部屋に入った事が分かった。彼は家具の間を手探りで進み、別の扉を開けて通った後閉めた。手を伸ばすと、壁から幾つかのコートが下がっているのに触れたので、私は廊下にいると分かった。それを横切り、ホームズは非常に静かに右側にあった扉を開いた。何かが私たちの方に突進して来て、私は口から心臓が飛び出そうになった。しかしそれが猫だと気付いていれば、私は吹き出していたかもしれない。この新しい部屋の中では暖炉が燃えていた。そしてまた煙草の煙が濃く立ち込めていた。ホームズは忍び足で入り、私が後に続くのを待って、その後非常に静かに扉を閉めた。私達はミルヴァートンの書斎の中にいた。そして向こう側のカーテンが彼の寝室の入り口の場所を示していた。

暖炉は勢いよく燃え、部屋はその輝きに照らし出されていた。扉の近くに、電気のスイッチが光っていた。しかし、それが安全だったとしても、電気をつける必要はなかった。暖炉の片側に分厚いカーテンがあった。それは我々が外側から見た出窓を覆っていた。反対側には扉があり、ベランダに通じていた。真中に机が一つ置いてあり、艶々した赤い革の回転椅子が一脚あった。向かい側に大きな本棚があり、大理石で出来たアテネの胸像がその上に置いてあった。片隅にある本棚と壁の間に、背の高い緑色の金庫があった。正面についている磨きこまれた真鍮の握りは炎の光に輝いていた。ホームズは忍び寄ってそれをじっくりと見た。それから彼は寝室の扉ににじり寄って、首を傾げて耳を澄ませて立っていた。中からは何の物音もしなかった。その間、私は外側の扉を抜けて撤退する道を確保していた方がいいのではと思いつきその扉を調べた。驚いた事に、そこは鍵も閂もかかっていなかった。私がホームズの腕に触れると彼はマスクをつけた顔をそちらの方に向けた。彼はぎくりとした様子で、どうやら彼も私と同じように驚いたようだった。

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「面白くないな」彼は私の耳元に口を近づけてささやいた。「どういう事か良く分からないが、ともかくぐずぐずしてはいられない」

「私に何か出来るか?」

「ああ、扉のそばに立っていてくれ。もし誰か来るのが聞こえたら、内側から閂をかけろ、そして我々は来た道を通って逃げる。もし反対側から来たら、仕事が終わっていればあの扉から逃げられる。もし仕事が終わっていなければ窓のカーテンの後ろに隠れる。分かったか?」