コンプリート・シャーロック・ホームズ
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望んだ通り、ベーカー街で手紙が我々を待っていた。政府の配達人が至急便でそれを運んで来ていた。ホームズはそれをちらっと見て私に投げてよこした。

小バエは無数にいるが、こんな大事件を手がけるのはほとんどいない。考慮に値する男たちは、ウェストミンスター、グレイトジョージ街、アドルフ・メイヤー、ノッティングヒル、カムデンマンションのルイス・ラ・ロティエール、ケンジントン、コールフィールドガーデンのヒューゴ・オーバーシュタインだ。最後の男は月曜日にロンドンにいたことが分かっているが、今はいないという報告があった。明かりが見えたと聞いて嬉しいよ。内閣はお前の最終報告をこの上なく切望して待っている。最高責任者の方から緊急のお達しが届いた。必要なら国軍全体がお前の後ろに控えている。
マイクロフト

「残念ながら」ホームズは微笑みながら言った。「女王陛下の軍隊は全部、馬も人も、この事件には役に立たないな」彼はロンドンの大きな地図を広げ覆いかぶさって熱心に見ていた。「よし、よし」彼はやがて満足げな叫びを漏らした。「ついに事態は好転してきたぞ。いや、ワトソン、僕は最終的に我々が必ずうまくやれるだろうと確信を持ったよ」彼は突然愉快になったように私の肩をぴしゃりと打った。「すぐに出かけるよ。これはただの偵察だ。信頼できる同僚と伝記作家が側にいないときは無謀なことはしないよ。ここにいてくれ。多分一時間か二時間で帰ってくると思う。もし退屈ならフールスキャップ紙とペンをとって、我々がどのように国を救ったかという話を書き始めてくれ」

彼の上機嫌さがちょっと私に移ったような気がした。彼は十分に喜ぶ理由がない限り、普段の厳格な態度をそこまで崩さないと良く知っているからだ。十一月の長い夜を私は本当にイライラして彼の帰りを待った。ついに九時ちょっと過ぎ、手紙を持った配達人が現れた。

ケンジントン、グロスター街、ゴルジーニのレストランで食事中。すぐに来てくれ、ここで落ち合おう。かなてこ、ダークランタン、のみ、拳銃を持って来い。
S.H.

これは尊敬すべき市民が薄暗い霧に包まれた通りを運んでいくには結構な品物だった。私はそれらを慎重にコートの中に忍ばせ、連絡があった住所へまっすぐに馬車を走らせた。そこでホームズはけばけばしいイタリア料理店の扉近くの小さい丸テーブルに座っていた。

「何か食べてきたか?じゃあ、コーヒー・キュラソーでも付き合え。この植民地葉巻を吸ってみろ。思うほど悪くないぞ。道具は持ってきたか?」

「コートの中に入れてきた」

「素晴らしい。僕が何をしたかを簡単に説明して、これからどうするつもりか指示しておこう。もう君にもあの青年の死体が列車の屋根に乗せられたということがはっきりしているはずだ、ワトソン。僕が事実を確かめた瞬間から死体が客車ではなく屋根から落ちたとはっきりしていた」

「橋から落とされた可能性はないのか?」

「それはありえない。屋根を調べればそれがちょっと丸くなっていることが分かる、そして周りに柵はない。したがって、カドーガン・ウェスト青年がそこに置かれたと断言する事が出来る」

「どうやって彼はそこに置かれたんだ?」

「答えを見つけなければならない問題がそれだった。可能性は一つしかない。君は地下鉄がウェストエンドの所々で露天を走っているのに気づいているだろう。僕は地下鉄に乗った時、頭のすぐ上に時々窓が見えたような記憶がぼんやりとあった。ここで、列車がそのような窓の下で停止したと考えてみよう。その屋根に死体を寝かせるのに困難はあるかな?」

「とてもありそうに思えないな」。

「我々は古い公理に立ち返らなければならない。ほかの全ての可能性がなくなれば、何が残ろうともそれが、いかに起きそうになくとも、真実に違いない。この場合、他の可能性はすべてなくなった。僕がちょうどロンドンを発った第一級の国際的エージェントが地下鉄に面して並んだ家の一つに住んでいた事を発見した時、君が僕の突然の陽気さに驚くほど嬉しくなった」

「ああ、そういうことだったのか?」

「そうだ。コールフィールドガーデン13番のヒューゴ・オーバーシュタインが僕の目標となった。僕は調査をグロスターロード駅から始めた。そこでは協力的な駅員が僕と一緒に軌道を歩いて、納得いくまで調査をさせてくれた。コールフィールドガーデンの後階段の窓が線路に面しているというだけでなく、もっと重要な事実として、大きな鉄道と交差している関係で地下鉄はまさにその地点でよく数分間停車していたのだ」

「素晴らしい、ホームズ、やったな!」

「ここまでは、 ―― ここまではだ、ワトソン。我々は前進したが、ゴールはまだ先だ。さて、コールフィールドガーデンの後ろを見終えて、僕は前面に回って本当に、住民の姿がない事を確認した。そこは大きな家だった。僕が見たところ上階には家具がなかった。オーバーシュタインはここで一人の従者と暮らしていた。従者はおそらく完全に秘密を知った共犯者だろう。我々は心にとどめておかねばならない。オーバーシュタインは彼の獲物を渡すために大陸に行ったが、決して逃亡する気ではない。彼には逮捕状を心配する理由がなかったし、素人が家宅捜索するなどとは夢にも思っていなかった。しかしこれこそ我々がやろうとしてることだ」

「令状をとって合法的にやることはできないのか?」

「現在の証拠では難しい」

「それをしてどんな見込みがあるんだ?」

「どんな手紙がそこにあるかは分からない」

「気が進まないな、ホームズ」

「ワトソン、君は通りで見張りをするだけだ。法に触れる事は僕がやる。細かなことを気にしている時ではない。マイクロフトの手紙を考えてみろ、海軍本部のことを、内閣を、知らせを待っている高貴な人を。我々は行くしかないんだ」

私の返答はテーブルから立ち上がることだった。

「君の言うとおりだ、ホームズ。行くしかない」

彼はさっと立ち上がって私の手を握った。

「最後には怖気づいたりしないと分かっていたよ」彼は言った。一瞬、私は彼の目の中にこれまでで一番優しさに近いようなものを見た。次の瞬間、彼はもう一度元の横柄で実務的な性格に戻った。

「半マイル近くあるが、急ぐことはない。歩いていこう」彼は行った。「頼むから、道具を落とすなよ。怪しげな男ということで逮捕されたら、一番不幸な事態になりかねない」