コンプリート・シャーロック・ホームズ
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美しいストラウド・バレーを過ぎ、広々としたセバーン川*を越え、本当に小さな田舎町のロスに着いたのは結局4時近くになった。こそこそしてずるそうで痩せたネズミのような男が、プラットホームで我々を待っていた。彼は、田舎に来るからと、ライトブラウンの塵よけコートと革のゲートルを着ていたが、それでもロンドン警視庁のレストレード警部だと見分けるのは簡単だった。レストレード警部と一緒に我々はヘレフォード・アームズに馬車で行った。そこで我々の部屋が既に予約されていた。

「四輪馬車を用意しておきました」レストレードは一緒に座ってお茶を飲みながら言った。「あなたが犯行現場に行くまでは落ち着かない、活動的な性格だと知っていますのでね」

「それはわざわざどうも」ホームズは答えた。「完全に大気圧の問題なんですがね」

レストレードは驚いた様子だった。「どういう事かよく分かりませんが」彼は言った。

「気圧計は?29、なるほど。風は無し、雲も全くない。吸わなければならないタバコもケースにいっぱいある。ソファも普通の田舎ホテルのぞっとするようなのに比べれば素晴らしく上等だ。今夜、四輪馬車を使う可能性はあまりなさそうだ」

レストレードは寛大に笑った。「あなたは、間違いなく新聞から既に結論を出していますね」彼は言った。「この事件は槍の柄のように明白ですし、調べれば調べるほどより簡単になりますね。それでも、もちろん女性の頼みは断れません。それにあのような非常に確信を持っていればなおさらね。彼女はあなたのことを知っています。私が口をすっぱくして、警察が既に調査した以上にあなたに出来ることは何もないと言っているのに、それでもあなたの意見を聞きたいらしいです。ああ、これは驚いたな、戸口に彼女の馬車があるぞ」

レストレードが話し終えるか否かの時に、私がこれまで見たこともないような美しい若い女性が勢い込んで入ってきた。スミレ色の目を輝かせ、唇を開け、頬にはピンクの輝き、彼女は、普段はもっと慎み深いはずだが、圧倒的な興奮と心配によって、その自制は完全に失われていた。

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「シャーロックホームズさん!」彼女は我々二人を順に見ながら叫んだ。そして最後に女性の直感でホームズを見分けると、しっかり彼を見て言った。「来てくださって本当にありがとうございます。そう言うために馬車で駆けつけてきました。ジェームズがやったのでないことは分かっています。それは分かっています。そしてあなたもそれを知った上で捜査をしてほしいのです。この点に関しては絶対に疑いを持たないでください。私達は子供の頃からお互いによく知っています。そしてジェームズの欠点は誰よりも私が知っています。しかし彼はハエを傷つけることもできないくらい優しい心を持っています。ジェームズを本当に知っている者にはこんな嫌疑はばかげています」

「彼の容疑を晴らせればと思っています、ターナーさん」シャーロックホームズは言った。「私は全力で事に当たりますのでお任せください」

「しかし証言は既にお読みでしょう。あなたは何か結論を出したのですか?突破口か不備を見つけられませんか?あなたはジェームズが無実だと思いませんか?」

「非常にその可能性が高いと思っています」

「ほらね!」彼女は胸を張って、レストレードを厳しい目で見ながら叫んだ。「聞いたでしょう!この言葉で私には希望が湧きました」

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レストレードは首をすくめた。「申し訳ないですが、ホームズさんは結論をちょっと性急に出しすぎているようですな」レストレードは言った。

「でも、間違っていません。間違っていないことは分かります。ジェームズは絶対に殺していません。ジェームズと父との口論のことですが、なぜ彼が検死官にそれについて話さないかというと、私がそれに関わっているからです。間違いありません」

「どのようにですか?」ホームズは尋ねた。

「もう何一つ隠し事などしている場合ではありませんので申し上げます。ジェームズと彼の父には、私のことに関して大きな意見の相違がありました。ジェームズの父のマッカーシーさんは私達が結婚することを強く望んでいました。ジェームズと私は、いつも兄と妹のように愛し合ってきました。しかしもちろん彼は若く、ほとんど人生経験も積んでいません。そして・・・・そして・・・・そう、彼はまだ結婚はしたくないと自然に思っていました。だから口論が起きていたのです。そしてあの時の口論もこれが原因だったことは間違いありません」

「あなたのお父さんは?」ホームズは訊いた。「その結婚には賛成していましたか?」

「いいえ。それどころか私の父も大反対でした。マッカーシーの父親以外は誰も賛成していませんでした」ホームズが鋭く疑うような視線を投げかけた時、彼女の元気な若々しい顔がパッと赤くなった。

「情報を提供していただいて感謝します」ホームズは言った。「もし明日お邪魔したら、お父さんにお会いできますか?」

「申し訳ありませんが医者が許可しないかと思います」

「医者?」

「はい。まだお聞きではないですか?可哀想な父は長い間身体が弱かったのですが、この事件で完全に参ってしまったようです。父は寝込んでいます。ウィロウズ先生が言うには、精神的にズタズタになり、完全に衰弱してしまいました。マッカーシーさんはビクトリアにいた頃の父を知っているただ一人の人物でした」

「ほお!ビクトリア*ですか。それは重要ですな」

「はい、鉱山で」

「なるほど、金鉱山*か。そこであなたのお父さんが資産を築いたと伺いました」

「はい、その通りです」

「ありがとう、ターナーさん。あなたの話は私には非常に役立ちました」

「明日もし何か分かったら教えていただけますか。きっと監獄に行ってジェームズと会うのでしょう?ああ、もし行ったら、ホームズさん、私が無実だと信じていることを必ず伝えてください」

「分かりました、ターナーさん」

「もう帰らないといけません。父の病気はとても悪いので、私がいないと淋しがります。さようなら。あなたのお仕事に神のご加護がありますように」彼女は入ってきた時と同じくらい衝動的に部屋からさっと出て行った。そして彼女の馬車のガタガタと道を行く車輪の音が聞こえた。