コンプリート・シャーロック・ホームズ
ホーム長編緋色の研究四つの署名バスカヴィル家の犬恐怖の谷短編シャーロック・ホームズの冒険シャーロック・ホームズの回想シャーロック・ホームズの帰還最後の挨拶 シャーロック・ホームズの事件簿

「想像がつくでしょうが、ホームズさん、私は暗澹たる気持ちで腰を下ろしました。あの老人の言葉から想像できるのはただ一つしかありませんでした。明らかに、哀れな友人は何かの犯罪に巻き込まれたか、少なくとも、家族の名誉に傷がつく恥ずべき事件を起こしたのです。あの厳しい父親は息子を追い出し、なんらかのスキャンダルが表沙汰にならないように外界から遮断した。ゴドフリーは無鉄砲な男でした。簡単に周りの人間に影響されました。間違いなく彼は悪い仲間につかまって道を誤り、破滅したのです。もし本当にそうなら、これは悲しい事件です。しかしそれでも彼を探し出し、何か手助けできることがないか確認するのは、友人としての義務でした。私は一心にその事を考えていましたが、ふと目を上げた時、なんと目の前にゴドフリー・エムスワースが立っていたのです」

依頼人は感極まったように言葉を詰まらせた。

「お続けください」私は言った。「あなたの事件は非常に変わった様相を帯びています」

「彼は窓の外にいました、ホームズさん。顔をガラスに押し付けていました。さきほど、私は窓の外の夜の景色を眺めたと話しました。その際、カーテンを少し開けておきました。その隙間に彼の体が立っていました。窓は地面まであったので全身が見えましたが、目を奪われたのはその顔でした。恐ろしいほど蒼白でした、・・・・人間の顔があれほど白いのは見たことがありません。幽霊なら、こんな色かもしれないと思いました。しかし私を見たその目は生きた人間のものでした。彼は、私が見ているのに気づくと、ぱっと後ずさりして闇の中に消えてしまいました」

illustration

「その人物には何か不愉快なものを感じました、ホームズさん。単にチーズのように白い幽霊のような顔が暗闇に見えたというだけではありません。もっと繊細なものがありました、・・・・どこかコソコソした、人目を避けるような、やましいような、・・・・私が知っている率直で男らしいゴドフリーには似つかわしくない感じでした。だから、いっそう嫌悪感を覚えました」

「しかしボーア兵を相手に一年か二年、兵士をしていれば、少々の事では動じなくなり行動も素早くなります。私が窓のところに行ったときゴドフリーはほとんど見えなくなっていました。窓の留め金がなかなか開かず、それを持ち上げるまでにちょっと時間がかかりました。その後私はさっと出て、彼が去ったと思われる方向へ、庭の道を走って行きました」

「庭の道は長く満足な明かりもありませんでしが、私には何かが私の前で動いていたように見えました。私は走り続けて彼の名前を呼びました。しかし無駄でした。私がその道の端まで来た時、沢山の納屋に通じる小道がさまざまな方向に枝分かれしていました。私はどうしたらよいか分からずに立っていました。そうしていると、明らかに扉を閉める音が聞こえました。それは私の後ろの家ではなく、前方の暗闇の中のどこかにある家でした。私の見たものが幻でない事と確信するにはこれで十分でした、ホームズさん。ゴドフリーは私から走って逃げ、そして彼はどこかの家に入って扉を閉めた。これは間違いないと思いました」

「もうどうしようもありませんでしたので、私は何度も現在の状況を考え直し、全ての事実を満足させる筋書きを見つけようとして、悶々とした夜を過ごしました。次の日私は大佐が若干友好的になっているのが分かりました。そして彼の妻が近くにいくつか面白い所があると話したので、それを利用して私は、迷惑でなければもう一晩泊めてもらうことができないかと切り出しました。父親はいかにも、しぶしぶという感じでしたが認めてくれました。それで私は丸一日調査をする時間を得られたのです。私はゴドフリーがどこか近くに潜んでいる事を確信していました。しかしその場所と出てこない理由は分かりませんでした」

「家は非常に大きくてまとまりがないので、誰にも見つからずに、一個連隊がその中に隠れられそうでした。もし家の中に秘密が隠されていれば、私にはそれを暴くことは困難でした。しかし私が閉まる音を聞いた扉は、間違いなく家の中ではありませんでした。私は庭をうろついて何か見つかるか確認しなければなりません。それは難しくありませんでした。老人達は自分たちの仕事に忙しく、私は自分のやりたいようにできました」

「小さな離れはいくつかありましたが、庭の外れに、かなり大きな独立した建物がありました、 ―― 庭師か猟場番人の住居としても十分使えるくらいの大きさでした。ここが扉が閉まる音が聞こえてきた家なのか?私はあてもなく庭を歩き回っているようにさりげない態度でそこに近づきました。私が近づいた時、山高帽をかぶり黒いコートを着た、背の低いきびきびした顎鬚を生やした男が、 ―― まったく庭師風ではありません ―― 玄関から出てきました。驚いたことに彼は出た後、扉に鍵をかけてその鍵をポケットに入れました。その後、彼はちょっとびっくりした顔で私を見ました」

「『ここのお客さんですか?』彼は尋ねました」

「私はそうだと答え、ゴドフリーの友人だと説明しました」

「『旅行に出かけたとはなんとも残念ですね。僕に会いたかったでしょうに』私は続けました」

「『そうですね。本当に』彼はちょっと後ろめたい感じで言いました。『いつかもっと都合のいい時に、ぜひもう一度いらしてください』彼は私を通り過ぎて行きました。しかし私が振り返った時、彼は庭の一番向こうの月桂樹の茂みに半分身を隠して私を見つめていました」

「私はその家を通りすがりにじっくりと観察しました。しかし窓には分厚いカーテンがかかっていて、見る限りでは、誰もいないようでした。私はまだ見られているということに気づいていましたので、それ以上大胆なことはしませんでした。もし、そうすれば私の計画は頓挫していたかもしれませんし、それどころか屋敷から追い出されたかもしれません。ですから私はぶらぶらと歩いて家に戻り、探索に乗り出す前に夜が来るのを待ちました。外が完全に暗く静まり返った時、私は窓からそっと抜け出し、できる限り物音を立てないようにしてあの謎めいた家に向かいました」

「分厚いカーテンが掛かっていたことは話しましたが、この時、窓には鎧戸まで下ろされていました。その鎧戸の一つの隙間から光が漏れていましたので、私はその場所を入念に調べました。幸運にも、カーテンが完全に閉まっておらず、鎧戸にひび割れがあったので、私は部屋の中を見ることが出来ました。そこは感じのいい部屋で、ランプは明るく暖炉は炎を上げていました。私の向かいにその日の朝見かけた背の低い男が座っていました。彼はパイプで煙草を吸いながら新聞を読んでいました」

「何の新聞です?」私は尋ねた。

依頼人は話を中断されたことに苛立った様子だった。

「それが問題なんでしょうか?」彼は尋ねた。

「非常に重要な事です」

「本当に気に留めませんでしたので」

「せめて、大型の新聞か、ウィークリーによくある小型の新聞かくらいは分かりませんか」

「そう言われれば、大型ではなかったですね。スペクテーターだったかもしれません。しかし、そんな細かい事はほとんど考えていませんでした。窓のほうに背を向けて座っている二人目の男がいて、そしてその二人目の男が間違いなくゴドフリーだったからです。顔を見る事はできませんでしたが肩の線は見覚えがありました。彼は肘をつき、非常に憂鬱そうな姿勢で、体を傾けていました。暖炉のほうを向いていました。私はどうするべきか迷っていました。その時、誰かが肩をパシッと叩きました。見ると、隣にエムスワース大佐の姿がありました」

「『こっちへ来い!』彼は小さな声で言いました。彼は黙ったまま家の中に入り、私は彼について自分の部屋まで行きました。彼は玄関口で時刻表を持ってきていました」

「『八時半にロンドン行きの列車が出る』彼は言いました。『八時に戸口に馬車を呼ぶ』」

「彼は怒りで蒼白になっていました。そして実際、私は自分が非常にまずい立場にいる事に気づき、ただ、友人を心配するあまりにした事だという言い訳をするつもりで、支離滅裂な弁解をしどろもどろに話していました」

「『話し合うような事態じゃない』彼はぴしゃりと言いました。『君は家族のプライバシーに最も非難されるべき形で上がりこんできた。客として迎えたのに、今の君はスパイだ。もう話す事は何もない。君とは二度と会いたくないという以外はな』

「ホームズさん、私はこれを聞いて自制心を失い、カッとなって言いました」

「『私はあなたの息子さんの姿を見ました。そしてあなたが何らかの理由で彼を世間から隠していることを確信しました。あなたがなぜこんな風に隔離するかは分かりません。しかし彼には、すでに行動の自由がないことは確かです。これは言っておきます、エムスワース大佐、友人が不安なく幸福な生活をしているという確証が持てない限り、私はこの謎を徹底的に解明する努力を決してやめませんし、あなたが何をしようと何を言おうと、そんなことで、絶対にひるんだりしませんよ」

「老人は悪魔のような形相になりました。そして私は真剣に今にも襲いかかってくると思いました。細身だが荒々しい巨漢の老人だということは、さっき話したとおりですから、体力には自信があるものの、攻撃を受け止めるのには手こずったかもしれません。しかし、彼は長い間怒りにまかせて睨みつけていましたが、振り返って部屋から出て行きました。私の方は、すでにあなたに電報で面会の約束をしていましたので、まっすぐここに来て、助言と助力を依頼する事を固く決意して、次の朝言われた時間の列車に乗りました」