コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「その夜の夕食後、応接室でコーヒーを飲んでいた時、私は依頼者の名前だけを伏せて、昼間の出来事と、家に大事な国宝がある事を息子とメアリーに話しました。コーヒーを運んできたルーシー・パーは、間違いなく部屋から出て行っていたはずですが、扉が閉まっていたかどうかは定かではありません。息子とメアリーは非常に興味を持ち、有名な宝冠を見たがりました。しかし私は見せない方がいいと思いました」

「『どこに置いてあるの?』息子が尋ねました」

「『衣装箪笥の中だ』」

「『それじゃ、夜の間に強盗が入らなきゃいいけど』息子は言いました」

「『鍵をかけてある』私は答えました」

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「『ああ、古い鍵ならどれでもあの衣装箪笥に合うよ。僕は子供の頃、納屋の戸棚の鍵で開けたことがある』」

「息子はよく、ある事ない事を話していましたので、この発言には全く気を止めませんでした。しかしその夜、息子は深刻な顔をして私の部屋までついて来ました」

「『ねえ、お父さん』息子は目を伏せて言いました。『200ポンドもらえない?』」

「『いや、駄目だ!』私はきつく答えました。『金に関して、私はお前を甘やかしすぎた』」

「『これまでのことは感謝しているよ』息子は言いました。『でも、このお金はどうしても必要なんだ。そうしないと二度とクラブの敷居をまたげないんだ』」

「『ますます、結構な話じゃないか』私は叫びました」

「『そうだよ。それじゃ僕を不名誉な人間のまま見捨てるつもりなのかい』息子は言いました。『そんな無様なことには耐えられない。何とかしてお金を工面しないと。お父さんがくれないと言うのなら、その時は何か別の手段に出ないといけない』」

「私は非常に腹が立ちました。これがその月の三度目の無心だったからです。『一ファージング足りともやらん』私は叫びました。これを聞いて、息子は頭を下げて何も言わず部屋を出て行きました」

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「息子が出て行ってから、私は衣装箪笥の鍵を開けて宝冠が無事であるのを確かめ、もう一度鍵を閉めました。その後、全ての戸締りを確認するために家の中を見回り始めました。これは普段はメアリーに任せている仕事ですが、その夜は自分自身でやった方が良いと考えたのです。階段を降りた時、メアリーが広間の横の窓の側に立っているのを見つけました。私が近付くと、メアリーはその窓を閉めて鍵を掛けました」

「『お父さん、教えて』メアリーは言いました。ちょっと慌てた様子に見えました。『メイドのルーシーを、今夜外にやりました?』」

「『まさか』」

「『今ちょうどルーシーが裏口から入って来たところです。きっと、誰かに会いに横門まで行って来たんです。でも無用心なので、やめさせなければいけないと思って』」

「『明日の朝、言わんといかんな。お前が言いにくいのなら私の方から言おう。全部きちんと鍵が掛かっているのを確認したかね?』」

「『間違いありません、お父さん』」

「『それではお休み』私はメアリーにキスしてもう一度寝室に上がっていきました。そしてすぐに眠りにつきました」

「ホームズさん、私は事件に関係ありそうなことは一つ残らずお話するよう努力しています。しかし、私の説明で分かりにくい点があれば、何でも質問して下さるようお願いします」

「とんでもない。あなたの説明は実によく分かります」